が政宗も思わずぎょっとして目を見張るような砂金の粒で支払いをしようとした時にはびっくりした。
 もう空は夕暮れで、湖の傍らに座って、二人は今日一日のことを話し合っていた。といっても主に竜の姫君が興奮冷めやらぬ様子で頬を上気させ、少女のように話すのに、政宗は相槌を打つばかりだったのだが。

 上等の砂金過ぎて釣がとてもではないが払えないと、それを見た瞬間は目を小銭の形にした商人が青くなって白くなったころに、やっと硬直から解けた政宗が慌てて金をの袂に戻すと、自らの財布から銭を出した。いけません、と慌てるを、そいつで支払う方がよっぽどいけねえと宥めてその場を収め、「お前は俺のダチだろう?ダチだな?そうだよな?よし、今日は俺におごられとけ。」 と随分強引に取り決めた後は、比較的スムーズに買い物は進んだ。一国の城主に遠慮など不要だと言うのに、結局がねだったのは、小さな銀の髪飾りひとつだった。


「お前、本当にそれだけでよかったのか?」
 の話がひと段落したところでそう問いかけると、きょとりと竜は首を傾げる。政宗の質問するところがわかっていないに違いない。少し溜息を吐いて、政宗はもう一度口を開く。
「だから、そんな髪飾りひとつで本当によかったのか?」
 その言葉に竜は目を丸くして、それからにっこりと、花の綻ぶような笑顔を見せた。
 今日一日でだいぶん慣れたが、隣同士に座りあったこの至近距離では、威力が違う。思わずうっと目を逸らしかけた政宗だが、そこはプライドで耐えた。
 そんな男の葛藤に気付かず、はなお嬉しそうに笑う。

「とんでもない!この髪飾り、とても気に入りました…月に生える木にそっくりです。政宗様には、こんな素敵な着物や履き物まで買っていただきましたし…ああ、途中で食べた甘味も、とっても美味しくって…私、あんなもの仙界以外で食べられるとは思ってもみませんでした…温かくて、あまぁい餡がトロトロとしていて、とってもおいしかった。」


 顔を綻ばせて、が笑う。思い出しているのだろう、うっとりするような表情は、台詞のところどころに混じる発言がなければ、ついこの人が竜の化身であるということを忘れさせる。
 葛で作った餡がかかった餅に、えらくこの竜は感動していた。市で買ったものなのでもちろん高級品の葛が使われていた割合はわずかで、今度葛100%で作ってやるかな、と実は料理が趣味の政宗はこっそり考える。
 今が身につけている小袖は、元のままの衣装では目立つだろうと政宗が市に着いて最初に見立ててやったものだ。淡い水色がとてもよく似合っていて、十倍くらいの値打ちものに見える。店の主人がぜひうちの広告のモデルにと拝み倒すのを必死に断って出てきたことが大変印象深い。しかしそれは、むしろ政宗が頼んで着てもらったと言ってもいいものだし、城主のポケットマネーにはまだまだ余裕がある。むしろ女と買い物に行くともっと使って使わされて当然だろうとすら予想していた彼には、あっけないほどだった。
 あっちこっちと市中の店を冷やかして回って、随分話して随分笑ったように思う。
 まだ何か言おうとして、しかしがあんまり楽しそうなので、やめた。
 まあいいか、という気分になったのだ。
 だってあんまり、この竜が無邪気に喜ぶから、いけない。

 はいそいそと、取り出した髪飾りを髪につけようと水際に歩み寄っている。被布も脱いで水面に顔を写すと、長い黒髪を撫でつける。髪の先は水面についてしまいそうで、座ったままぼうっと眺めていた政宗は少しハラハラした。漣がの足元を避けて打ち寄せている。この湖の水を従えているのは、やはり今こうして目の前で女の形をした竜なのだと、政宗は改めて感じたのだけれど、すぐが 「政宗様、どうです?」 と少女のようにはしゃぎながら駆け戻ってきたので忘れた。
「おう、似合ってんじゃねーか。It's so cool!」
「いっそーくーる?」
「イカすってことだ。」
「…いかす…うーん…?」
「褒めてんだよ、喜んどけ。」
 真剣に悩む様子のに政宗は思わず笑い出した。
 人の言葉は難しい、とがやっぱり花の咲くように笑って、もうそれにもすっかり慣れた政宗は、くしゃくしゃとその頭を女人にするにはやっぱりちょっとばかり豪快に撫でた。
 夕暮れの湖に、二人の楽しそうな笑い声が小さく響いている。


(20110810)