酷い目にあった、と心の底から顔を顰める政宗の横で、「あら、それはまあ、」 とおかしそうに竜がころころ笑っている。

!笑いごとじゃねえ!あの時の小十郎と来たら…!」
 今思い出しても夢に出そうだ、と整った顔立ちを思い切り崩して、政宗が身震いする真似をすると、竜はますます、おかしそうに笑う。
 今日も湖に住まう竜は、女人の形をとっている。曰く、買ってもらった着物がえらくお気に召したらしい。竜の姿のままでは着られませんでしょう?―――そりゃあそうだ。
「ふふ、ふ、申し訳ありません、だって、ふふふ、」
「だから笑うなって!」
「だって、ふふ、あの迦楼羅をあっと言う間に倒してしまった政宗様にも、怖いものがおありだなんて。」
「いいか、。世の中にゃああんな鳥の化け物と比べたら怖いモンだらけだ…。」
「まあ!…人の世は恐ろしくなったものですね。」
 頬に手をあてて、本当にびっくりしたように溜息を吐く竜が、すこしかわいらしい。


 まったく、まさか市へ連れ立って買い物に出たのを若い衆たちに見られていたとは気付かなかったと政宗が溜息を吐く。
 仲睦まじく見えた二人の様子に、勝手に勘違いしたリーゼントたちの報告が小十郎にまで上がり、彼が帰宅する頃には、「政宗様には心に決めたいい人がいるに違いない。っていうかいた。見た。どちらのお嬢さんで?それで式はいつですか?」 レベルにまで話が発展していたのだ。
 誤解を解くのに夕飯を抜いて頑張った政宗だったが、誤解が解けたあとも一安心とはいかなかった。
 最初から懸念していた、執務を抜け出したことへのお小言も、しっかりついてきたからである。
「いやあそうですか!ったく、若い衆たちの勘違いでしたか。どこかおかしいとは思ったんですよ、はっはっは。」
 と爽やかにわらいながら、政宗の渾身の説明に小十郎は一旦納得したように見えたのだ。しかし。
「しかしそのように、連れ立って市に共に買い物にでかけるような女性がいらっしゃるとは知りませんでした。ぜひ一度城にお招きしてはいかがです。この小十郎もお会いしてみたいものです。」
 笑顔だ。
 有無を言わさぬ、笑顔だった。
「Hey、ひょっとして小十郎…抜け出したことまだ…、」
「ああ、はい。怒っております。」
 むろんですとも、と笑う彼の背後から立ち上る炎が見えた。おかげで彼は、しばらく執務室に籠りっきりだ。それほどまでに小十郎の、迫力が容赦なかった。


 あの時の小十郎は本当に阿修羅か明王の如くだった、とうんうん頷く政宗に、竜が首を傾げてわらっている。竜には政宗の毎日の暮らしが、とても興味深く、楽しいものに聞こえるらしい。

「小十郎様は、本当に政宗様思いですね。」

 来る度に話をするので、もうすっかり部下の名前も覚えてしまった。
「……まあな。」
「ふふ、ほんとうに、毎日たのしそうで。」
 聞いていてわたくしも楽しい、と竜がうれしそうに微笑む。
 楽しくないのだろうか、と買ってやった水色の着物を大事そうに着ている娘を見下ろして、彼は柄にもなくちょっと困った顔をした。
 広い湖にたったいっぴきでは、確かにつまらないものなのかもしれない。
 元気出せよ、とも楽しくないのか、とも聞けずに、彼はちょっと黙る。
 汀に涼しい風が吹いた。
 そろそろ帰らなくては、また小十郎に修羅が降臨してしまう。

「…また来る。」

 よいしょと少しわざとらしく立ち上がった政宗に、「お待ちしております。」 とやっぱり竜はとてもやわらかにわらった。



(20110820)