政宗様に真田幸村以外の喧嘩友達ができたらしいと、最近城下ではもっぱらの評判であるが、本人の気分はおもしろくない。喧嘩友達なものか。実力的にはなんら問題ない―――むしろ強い相手ほどオラわくわくすっぞ!な彼であるが、あんな明王みたいにいかつい顔をした大男に、『姫は渡さぬううう!!うえっ!えっ!』とか泣き喚きながら(それでも迫力は満点だった)我武者羅に切りかかられても、気勢が削がれる、むしろ疲れるというものだ。
 蒼栄と言うらしいあの大男、にもう四世紀半も懸想しているらしい。
 とはいっても主君の娘であるので、特に行動に出るわけでもなく、「わしの認めたやつ以外のところに姫は嫁にはやらん!」ということらしいが、なぜ困っているところを助けただけで、そういう話になったうえ、逆恨みと言ってもいいような私怨で人外に本気を出されなければならないのか。
 胃痛と頭痛がいたい。
 端正な眉をしかめて重たいため息を吐いた主を、小十郎は傍でさらさらと書類に筆を走らせながらチラと眺めた。

「手が止まっておりますぞ、政宗様。」
「…そうは言ってもな、小十郎。」
 ハア、とため息を吐いた彼の目の前には、デデン!と紙の束が積みあがっている。どれも奥州自慢の手漉き和紙で作られた、確かに伊達の公的書類に使われる上等な紙ばかりであるのだが、なにがどうして、こんなに積みあがってしまったのだろう。そういえば最近、だるま落としやってねえな、とちょっと意識が飛びかけた彼であるが、もちろん右目がそれを許さなかった。
「それは政宗様の、ちょっと休憩、のお帰りが最近遅いのでこうして積もり積もった仕事が目に見える形で積みあがるのでございます。」
 そういいながらも、書きあがった紙の束を、政宗の前の書類タワーに追加していくのだから、彼は相当バランス感覚の良い鬼に違いない。崩れる…むしろ手を付けられないほどに積みあがっている…!と戦慄する政宗をよそに、小姓たちはせっせと次の書類を運んでくる。崩れる前にてっぺんに手が届かなくなるのではなかろうか。
 それを見上げて、もう一度ため息。
 お前ら少しは休まないと将来はげるぞ、と呟いてみても、誰も聞いちゃあいないので仕方がない。休めていた筆を持ち上げると、彼はせっせと、目を通し始める。裁判の取沙汰がどうだの、年貢の取れ高がどうだの、馬の名づけがどうの、些細なことから一国を回すのに欠かせない問題まで、言葉通りの山積みだ。

 そういえばあの大男、また来るのだろうか。
 前回は斬りかかられて最初はいやいや相手をしていたが、その強さにちょっと楽しくなってきた、ところで、が巨大な竜と化し、蒼栄の首根っこをパクリと加えて飛んで行ってしまったのだ。さすがに姫に手を上げることはできないらしく、お離しくだされえ〜!と叫びながら、お望み通り、空中でどこぞへペイッと放り投げられていたあたり哀れであった。
 この非礼はぜひそのうちお詫びをさせてくださいと、にこちらがかわいそうになるくらいしょんぼりと謝られたが、勘違いな上に完全な思い違いなのだし、気にしていない。ただ喧嘩をするのなら、の邪魔が入らないように、さしでやりたいものである。確かになかなか久々に、本気の全力でぶつかれそうな相手。

 ぐっと筆を持つ手に力を込めた政宗に、「おお、珍しく書類仕事に燃えておられる…!」と内心感動している小十郎が、多分一番哀れだ。
 今は向ける相手のいない戦闘への意気込みを、とりあえず目の前の書類にぶつけながら政宗は手を動かし続けた。その間も日は刻々と傾き、書類の塔は確かに低くなった…と思ったらまた高くなったり、やっぱり低くなったり。
 漸く書類の塔も、半分の高さになろうか。
 どうせ最初から、今日1日で何日もかけた溜めた政務が終わるとは思っていなかった。黙々と集中している主の横顔にも、疲労が見え隠れし始めた。そろそろ終わろうかと小十朗がストップをかけようとした時だった。ドタドタと騒がしく、駆ける音の後で、「しっ失礼しゃす!」おずおずと襖が開いた。
 まず顔より先にリーゼントの先がにゅっと覗く。
「おう、どうした?」
 要件を伝えにきた兵は、なんだか少し、慌てている。慌てているというか、吃驚しているようだった。そんな様子を隠すこともなく、早口にひとこと。

「ひっ筆頭に…すっげー美人…のガキのお客様が…!」

 一同目が点。



(20111015)