すっげー美人のガキ。 は、背筋もまっすぐ、たしかに "すっげー" 美しいその顔をピクリともさせずに正座していた。出された茶にも手を付けず、まるで今から割腹するという兵の如き緊張感を漲らせ、座っている。 まずその顔色の悪いこと。うっすら緑がかってすら見える。童子の形をして、真っ青な振袖を着ているが、その鋭い眼光はその齢の少女にしてはいかめしすぎる。 こそこそ障子の向こうから座る少女を確認して、竜と右目とリーゼントは顔を見合わせた。全く持って、身に覚えがない。少女はすごい、気迫である。親の仇でも取りに来たのかというほどの溢れ出る凄みに、うっかり奥州の竜も引き気味だ。 「おい、本当に俺に用だっつったのか?」 「言いましたよ!」 間にたった兵がかわいそうだった。 しかし少女の様子では、出て行った瞬間殴りかかられそうである。 「政宗様まさかとは思いますが…。」 「Hey!小十朗そのなにか勘違いしてる目ぇやめろ!」 そして相変わらず、右目は勘違いが甚だしい傾向が強い。 とにもかくにもこのままでは、またいつ小十朗の思い込みが激しくなり暴走しかねないので、男は度胸、ごくりと一度息を呑んでから、襖を開けるよう小姓に合図を送る。 スラリと開いた障子、その向こうに右目とリーゼントを引き連れ立った政宗を見、それからその童女はぴったりと彼らの方に向き直った。 「これはこれは政宗様。」 殴りかかられもしなければ、礼儀正しかった。 深々と童女が頭を下げる。 「突然お伺いし、申し訳ございません。先にお邪魔する旨を書いて文遣いをやったのですが、どうも途中で事故があったようで。届かなかったようです。」 相済みませんと頭を再び下げながら、童女が皺くちゃになった紙を懐から取り出す。おそらくそれが、届かなかった、と本人の言う文なのだろう。ひとまずそれを受け取って開くと、花のように優雅な文字が視界いっぱいに広がった。うつくしい女性の字であるのだが、見事なまでの漢文で、少しばかり読むのに時間がかかる。 少し眉間にしわを寄せて解読している政宗を見上げながら、童女はすらすらと話し続けた。 「様直々に出向かれるご予定だったのですが、少々たてこんでおりまして…僭越ながらわたくしが代理にお伺いさせていただきました。様のもとでお仕えさせていただいております、翡翠と申します。」 つまり、この文はからの者で、この童女はかの竜の遣い、ということらしい。 まだ半分くらいしか読めていないが、おそらくはこの間の詫び、ということだろう。そうしての遣いと言うことは、もちろんのこと人外だ。 もはや慣れきっている政宗であったが、自らの城にそれがいるとなると話は別で、特に隠し立てしなくてはならない…ということではないとは思うのだが、どうにも背中の、右目とリーゼントが、気になる。 ふつう目の前にいるガキが人間じゃないなんて突然言われたらパニックになるよなあと、背中に汗を掻きながら、なんとかこの場をスルーできないかと考えだした政宗をよそに、、という単語に素早く背中の二人が反応している。特に、政宗様のイイ人の情報を少しでもリサーチしておきたい右目が。 「ほう、殿というとあの。」 「いつも様が政宗様にはお世話になっております。」 「いや何、こちらこそ世話になってるようで…、」 礼儀に乗っ取った挨拶を装いながら、その実噂の殿、について聞けることがあれば今この場ですべて聞きたい、いいや聞かせろ、むしろ聞かせるまで帰さない、状態の小十郎は、いかめしい顔に笑顔を浮かべながら、ちょっと声を潜めて童女に顔を寄せる。どちらも見目麗しいのだが迫力があるため、なんだか構図的に右目が少しいけない大人である。 「ちょっと嬢ちゃん、詳しく話を聞かせちゃあもらえn「っとおおおお!!!小十朗!せっかくの客だ!あの菓子持って来い!」 「は。おいヤス、持って来「いやあああ小十朗の淹れた茶も飲みてえな!!」 「…む、そうですか。ではしばしお待ちを。」 無理がありありな政宗の話題転換にも関わらず、連れだって小十郎と若衆が出てゆく。ストンと閉じられた襖を見送った後で、政宗はガバリと童女の前にしゃがみこんだ。完全なるヤンキー座りだが、咎める右目がいないので気にしない。 「おい、あー…翡翠っつったな。」 ひそひそと声を潜めてかけられた言葉に、はいと礼儀正しく童女が頷く。 「お前もえーっと、あーなんつうか…人外だよな?」 「はあ。まあそうですね。」 なにを当たり前のことを訊くのか、と言った具合で、政宗は我ながらちょっと虚しい。 「そういうのは、黙ってた方がいいもんか?」 「そうですね…隠し立てすることでもございませんが吹聴することでもございませんので、混乱のない程度に収めていただければと。」 それにしてもこの娘、大人である。一寸思考をやってから、「面倒くせえことになりそうだから、今日のところはsecretな。」 「しーくれっと?」 「内密に、ってことだ。」 わかりました、と真面目な顔で頷いた童女に、政宗も安心していまさらに座を移した。まだ小十郎たちが戻って来るには時間がかかるだろう。改めて美しい形の童女を見下ろして、そういえば、と口を開く。 「お前はなんなんだ?」 「ああ…河童です。」 「かっぱぁ?!」 河童と言うと、あれか。あれなのか。 頭の中にあった河童のイメージと目の前の童女があまりにもかけ離れていてとっさにイコールでつながらない。河童と言うと頭に皿が乗っていてくちばしで緑で水かきなあれか。 「…どうぞkwappaと発音して下さいませ。」 政宗の混乱を余所に、それにしてもこの童女にこりともしない。冷静な事務口調で、今日の要件ですが、と淡々と切り出す。 「様から、先日の非礼の詫びの品をお預かりいたしました。蒼栄殿のアレはもはや病気ですので、寛容かつかわいそうな目で見ていただければ恐縮です。」 どこから取り出したのか、すっと風呂敷包みから小さな桐箱が差し出される。 「つまらないものですがどうぞお納め下さい。」 「…ご丁寧にどーも。」 受け取って持ち上げてみると、やたらと軽い。振ってみるとなんの音もしない。なんだぁ?と無作法な子供の用に箱を耳に当てている政宗に、翡翠がもじもじと、小さく言葉を発する。 「それから申し訳ないのですが、」 「Ah?」 「お水をいただけませんでしょうか。」 乾いてまいりました。とすまなそうに眉を下げた翡翠の着物は、なるほど、うっすらと湿っていた。 |
(20120222) |