台風が来るぞ、と言うので伊達のお城も雨風で屋根の瓦が飛んだり厩が壊れたりしないように、とんてんかんてん、せっせと修繕作業の真っ最中である。 「こぉんなカラッとしたいい天気だってえのになあ。」 天守の上から眺める空は、真っ青に開けて雲一つない。金槌を振るう手を休めて、不思議そうに一人の大工が空を見上げると、「まったくなあ。」と相槌が返る。 「なんでも殿様の"勘"らしいがね。」 「政宗様のなあ!」 殿様ってのはなにかね、しっくす・せんすの男なのかね、なぁんて話に花が咲き始めたところで、下の方からありがたい声がする。 「もし、休憩にしませんか。お茶が入りましたよ!」 やあありがたい、ちょうど喉が渇いたところだったんだ。とぞろぞろ大工と若衆たちが揃って屋根を下り出した頃、その屋根の下、しっくす・せんすの殿様、伊達政宗は書状をしたためていた。 目の前にはちょこんといつかの河童の翡翠が、正座して控えている。主へのお返事待ちだ。砂糖菓子を出してやったら、ひとつ齧って、それから大事そうに青い振袖の袂に紙で包んでしまおうとしたので、今小十郎に言って余分に包ませてやっている。相変わらず目元凛々しく涼やかな顔立ちの童子だが、菓子を食べている間だけ、見た目の年相応に頬と目が緩む。 ずっとそうしてりゃあかわいいのにな。チラと目をやると、菓子を齧る手を止めて顔を上げる。そうするともはやクールとしか言いようのない無表情なので参ってしまう。 「ah〜…もうちっと待ってろよ。」 「はい。」 コトリと翡翠が首を前に倒して頷いたのを確認したところで、再び手元に目を戻す。 今回翡翠が持って遣わされたのは手紙で、やっぱり仮名混じらない漢文のその内容を要約すると、『父が台風に乗ってやってきますので、ここ二、三日お天気が荒れます。農作物などに被害が出ないように取り計らいますが、なにせ父は竜王ですので、風がきついかと存じます。ご注意ください。』というなんともありがたいのかはた迷惑なのかわからないお知らせと、『こちらへ足を伸ばすついでに、政宗様にぜひ件の迦楼羅のことで礼をと申し上げておりますので、恐縮ですがお時間はございますでしょうか。』というお誘いの二点だった。 手紙を読んですぐさま若衆たちに大工を呼ばせて仕事を始めさせたので間に合うだろう。村々にも触れを出した。少し早目の台風の知らせに下々はみな半信半疑であるが、なにせ竜が言うのだから、多分きっと間違いない。 とりあえず台風の報せをくれたことにまず一言礼を述べ、それから後半のお返事である。なんというか、もう迦楼羅の件から季節は一巡り以上している。それを今更礼を言われるのはなんだか恥ずかしいようなじれったいような居心地が悪いような、なんとも決まりが悪いかんじがするではないか。けれどもそれよりなにより、竜王、っていうのが気になる。会ってみたい、ような気もするし、人の身で竜と呼ばれる身としては、あっておかねば、というような気もする。 「…どうしたもんかね。」 ぽつりと小さく呟くと、耳ざとく翡翠が顔を上げる。 「竜王様は、…なんと言いますか、とても常識と良識のある良い竜王様なので、深く考えずともよいと思います。きっと、もうずいぶん経つのに政宗様に直接御礼を申し上げられていないことを、気にしていらっしゃるのだと思いますよ。」 ですからもしお手すきでしたらよろしくお願いいたします。と丁寧に頭を下げられてふむ、と唸る。 「でも台風の中来るんだろ?さすがの飛影も湖まで遠出できるか…。」 「?こちらがお礼を言う側なのですから、政宗様にお越しいただく必要はありませんが…?」 その言葉にちょっと止まって、政宗は台風の最中この城の城門前に竜王様とそのご息女と御付と護衛とその他もろもろ人外のオンパレードが顔を並べているところを想像し、考えることを、やめた。 「いっやいやいやいやいやいやいや、」 「?」 「俺が行く。絶対俺が行く。そうじゃないなら礼はいらねえ。you-see?」 「?わかりました。」 不思議そうにしながらも、お利口さんに首を前に倒した翡翠に、ふう、と息を吐く。それだけ大人数の人外に来られては、もはや家臣に、主に小十郎に、隠し立てできない。別に隠すことでもないのだが、だからつまり、面倒くさいのである。 「ならば迎えを寄越すようにいたしましょう。」 政宗様は人の身ですから、濡れてお風邪を召してはいけません。 そんなに軟弱そうに見えるか?と喧嘩を売るのもめんどくさい気がして、政宗は 「応。」 と適当に頷く。 「では明晩、迎えに上がるようにいたします。」 後半のお返事要約。 『竜王さんの件については全部翡翠に伝えておきました。お手紙ありがとう。』 |
(20120624) |