「つまり?」 しっくす・せんすのお殿様は、なんとなく、今度こそ第六感で、いやあ、な予感、というやつである。 「その、…迦楼羅もまた人の形を取れますし、普段私たちは本来の姿でいるとどうにもすぺーすを取って仕方がありませんから、それぞれの棲家以外ではだいたい仙人たちに合わせて人の姿でいるのです。」 「ふむ。」 「それでその、迦楼羅は、一度わたくしをセミラミスの御園で見たことがある、と。」 「…へえ?」 そこがどこだか知らないが、なんとなく、話が見えてきた、気がする。古来胸糞悪いことに、とかく嫌な予感ほどよく当たる。 「それで。」 「…それで、その、………妻に欲しいと。」 最後のひとことを言った後で、竜ががっくりと肩を下ろした。 なのでもちろん竜の目には、政宗の眉間に凶悪そうなしわがよったのは見えなかっただろう。 なんとも気に入らない。 一気に不機嫌になった政宗にも気づかず、は沈痛そうにため息を吐く。 「思い詰めて、日ノ本まで追ってきたはいいものの、どう話しかけていいかわからず、しばらくこちらを窺っていたそうなのですが、自分は迦楼羅であるし接点もないしで業を煮やして、つい私が丘に出たところに話しかけようと飛びかかったのだと。」 迦楼羅としてはお近づきになりたい一心でじーっと湖面を睨み続けていたところに、やっとのことで彼女が浮上してきたものだから今がチャンスとばかりに飛びついたのだろうが、それはもちろん竜の方からしたら襲い掛かられたと判断してなんら間違いはない場面だ。っていうか、間違いない。 「…ストーカーじゃねえかそれ。」 「すと?か?」 「意中の女に付きまとううじうじして粘着質な癖に思い詰めるととんでもないことをしでかす押し付けがましいキモ男のことだ。」 説明文に悪意が滲むのをなんとなく止められない政宗です。 まあ、と恐ろしげに口元に両手をやるが、心細げでかわいそうだ。 「父上が仰ることには、その迦楼羅殿は大変に、なんというか、思い込みが、激しく…、」 続けて話を続けようとする、の顔色が段々と青褪めて白くなる。 「おう、」 「包帯がとれてからもずっと、妻にと仰っているようで…ご両親もご兄弟もお手上げなのだとか。」 「しょーもねえやつだな。」 「ええ…。それで、その方がついに全快されて、飛行も可能になられたそうなので、思い詰めてまたこちらに来ることがあるやもしれぬから、くれぐれも身の回りに気を付けるように、と。」 迦楼羅族の方々も、厳重に監視してくれると約束してくださったそうですが。とはどうにも優れぬ返事である。 なるほど、二千年近く友好を保っていた元敵対種族の一方の長である竜王の娘を、もう一方の迦楼羅の若者が激しく恋い慕って騒ぎを起こすというのはなんともセンセーショナルな種族間問題だ。実際竜と迦楼羅以外の種族はこのニュースを楽しんでいるらしいが、本人としてはそうもいかない。はた迷惑なことこの上ない上に、なんとも気持ち悪いと言う。 そりゃそうだ! 竜王の別れ際の「頼む。」 はそういうことかと政宗はひとり納得する。 かわいい一人娘がひとりでこんな静かな、しかも秦からは遠い日ノ本にいるのでは残して帰るのは心配だろう。かといってここよりも出くわす可能性の高い仙界とやらに連れて行くのも不安が残るし、あまりことを荒立てて千八百年のメモリアルイヤーに問題になってもいけない。世界が違っても上に立つものの苦労とは変わらぬらしい。泰然として見えた竜王であるが、やはり親心は人だろうが竜だろうが変わらないのだろう。 「護衛をよこしてもらうわけにはいかねえのか?」 「一応、あちらの族長様が対応を確約してくださった以上、必要以上の過剰反応は心証がよくないだろうと。」 「娘のピンチだろうが。」 「父もそれは仰って下さいましたし、とても心配してくださっています…そのためにわざわざ、日ノ本まで足を伸ばされたのですから。」 「…あの蒼栄ってやつは?」 そんな話を聞いたら、いの一番に駆けつけてきそうな暑苦しい翡翠の甲冑が、そういえば父竜の集団の中になかったことに今更ながら首を傾げる。あれもストーカーとどっこいどっこいな気がするが忠義に篤い分マシであろうし、中身は残念だが政宗がわくわくするレベルに強いのだから、一人で十分、護衛は務まる気がする。 名前が出た途端、はがっくりと嘆息した。 「話を聞くなり、成敗だなんだと喧嘩を売りに行こうとして散々暴れたそうで、禁錮処分中です…。」 それもあってあまり大げさな対応ができないのだとため息を吐くこそ哀れである。姫に懸想する不届き者を成敗せんというその心意気やあっぱれだが、やっぱりどうにもあの男もやり過ぎの感が否めない。 政宗だって四六時中守ってやれるわけではないし、そもそも城から湖までは、馬を飛ばして数刻かかる。ここを訪れるのは、政宗がうまい具合に政務を抜け出せた息抜きの時で、三日に一度来れれば上等な部類だ。一月空けることもざらではない。 「…、」 しばらく腕を組んでむむ、とお互いに唸る。 もしも。もしもである。次に来たとき、チキンストーカー野郎に無体を働かれたが湖畔で泣いていたらと思うと、気が気ではない。もうその状況、想定しただけでHELLDRAGON100連打!!! 「…よし。」 なにがよしなのか、きょとりと目を上げたに政宗がニッと口端を持ち上げてみせる。なにせ闘いを除いて付き合いのできる唯一の、大事なダチの一大事である。そろそろ小十郎がうるさいし、そうだ、それがいい。 「しばらく家、泊りに来たらどうだ。」 「えっ?」 背中でキャアと控えていた姉やふたりが歓声を上げる。いたのかお前ら、と言うのはちょっとばかり失礼な政宗の感想だ。 『姫様、そうなさいまし!』 「で、ですが、ご迷惑では、」 『私たちだけではとても!迦楼羅相手の護衛など務まりませんもの!』 『政宗様にお願いできれば安心ですわ!』 「で、ですが、」 「城主の俺がいい、っつってんだ。人の振りしてもらうか、洗いざらい素性も含めて話してもらうかは決めるとして、お前がいいならしばらく家に来い。何かあってからじゃあ遅いだろ。」 「ま『政宗様…!』 『惚れてまうやろー!!』 キャーと両手を合わせて年甲斐もなくはしゃぐ姉や二人にすっかり台詞を被せられたである。 「よ、よろしいのでしょうか、」 すっかり困って八の字に下がってしまった眉毛を眺めながら、政宗がニタリと人の悪い笑い方をする。それはもちろん照れているのだし、友達をこうして招くのなんて、初めてだからだ。 「ダチだろ。」 今日何度目かのその台詞に、今度こそ竜は安堵したようにわらった。 |
(20120624) |