これぞまさしく青天の霹靂。 「ま、政宗様、今、なんと?」 「ah?だから、がしばらく泊りに来るからよろしく頼むぜ。ああ、喜多にも言っとかねえと。」 「いえ、そうではなく、」 「なんだよ。」 「様が、泊りにこられるとは、あの、様がですか?」 「どのか知らねえが俺の知り合いにってのは一人しかいねえな?」 青天の霹靂! あんなに会わせてくれなかったのに、どういう風の吹き回しだろう。しかも紹介すっとばしてお泊りにくるとは、どういうことだ!小十郎、ごついお顔が思わずはがれてパニック全開である。 「えええ、し、しかし政宗様、お待ちくだしゃ、くださ、いいいい?えええ?」 「なんだ小十郎気持ち悪いな。散々連れてこいっつったのはおまえだろ。」 だからっていきなり!お泊りとか!聞いてないですしおすし! 頭の中でドッカンドッカン火山を爆発させている小十郎を余所に「お呼びでございますか。」 襖が開いた。城を取り仕切っている女中頭、小十郎の姉の喜多である。よお、喜多。ですから政宗様、城の中でも挨拶はしっかりと。おなじみの会話が繰り広げられる。 「ご用はなんでございましょうか。」 「客人だ。しばらく逗留することになるから準備を頼むぜ。」 「まあ、それは急でございますね。ご家来衆もご一緒で?」 「送りにゃあ来るが泊まるのは一人…ah?前きた翡翠ってガキがいただろ。あいつも一緒かもしれねえから二人だな。」 かしこまりました、とできる女はひとつ頷き、それからやっと政宗の脇に控えて頭を爆発させまくっている弟を一瞥する。常人には、小十郎の顔もいつもの仏頂面三杯増しくらいにしか見えないだろうが、そこは姉、まあこの子ったらなにひとりで百面相してるのかしらみっともない、ってなもんである。 「政宗様、なぜ弟が百面相をしているのかお聞きしてもよろしゅうございますか?」 「ah…泊まりにくるのがだっつった瞬間からこんな感じだな。」 「まあ…!」 どことなく似ている鋭い顔立ちを一度むつかしそうに顰めて、それから喜多はすっくと立ち上がると口を開いた。曰く。 「何をしているのです小十郎!早く歓迎の準備をなさい!」 それに今度こそ、小十郎の目玉も飛び出した。 「姉上!」 なにを言っているんだお前は!とでも姉じゃなきゃあ言っていたに違いない形相に、姉の方はその首根っこをひっつかんで「ちょっと失礼致します!」 広いお部屋の隅っこで姉弟会議である。慣れている政宗は、小姓を呼んで茶を頼み出した。小姓の方も、すみっこでコソコソヒソヒソとでかい効果音で家族会議している右目と女中頭には慣れているのか、チラと一瞥しただけで特に気にした様子はない。 「姉上!得体の知れぬ女が城へ来ると言うのに何を言うのです!」 「得体の知れぬ、だなどと…お前が政宗様の友人だと認めた方なのでしょう。」 エクスクラメーションマークがついてはいるが、すべてこの会話、ほとんど吐息だけで行われている。 「あくまで!政宗様の話を聞いた上だけの話です!それが行き成り城へ来る上、宿泊だなどと…!」 「お前は考えが古いのです。最近の若者の恋愛観を舐めてはなりません。」 「どこの姫かも、いや、姫かもわからぬ方なのですよ!」 「若衆たちがどっからどうみても姫様だぜー!などとはしゃいでおりましたが?」 「あいつらが本物の姫君を見たことがあるとお思いか!」 「あら。それはそうねえ。」 からからと喜多は笑って、しかしけろりと口にする。 「まったく智将と呼ばれるお前が慌てすぎです。いずれにせよ、今まで散々政宗様が会わせても話しても下さらなかったというのに、あちらから来ていただけるのなら好都合です。会えばすぐにもどのような方か知れましょう。政宗様にはお前たちがついていればよほどのことがない限り寝首をかかれたりはしないでしょうし、正真正銘姫君でなおかつ政宗様にちょっとでもその気があるのなら…。」 だんだん声は低くなり、つられて小十郎の顔もいかつくなる。だんだんと頭が冷静になる一方で、姉の言わんとすることが呑みこめてきたのである。脳内の噴火は収まり、今やその頭脳は、智将と褒め称えられるだけの冷静さ、むしろこの場において政宗にとってはまさに無駄としか言いようのない鋭さを発揮しようとしていた。 「逃がしてはなりませんよ。」 「…御意。」 無茶苦茶悪い顔で、姉弟は頷き合った。子供が見ていたら、泣き出すこと必須、銀幕映画の黒幕さながらのまっくろくろすけな笑顔である。 なにせ今まで散々、見合い話を蹴りに蹴り、浮いた噂のひとつもなかった結婚適齢期ど真ん中どころか通り越しそうな主君に、やっと出てきた華のある話、ここで逃しては御家の存続危機に繋がる。やってくるのが女一人だからとて侮るつもりは毛頭ないが、見知らぬ者をひとり城へ入れる危険性を憂慮する心よりも、主君の初めての女性の"お友達"を間近で見極めなおかつあわよくばそのままゲットしたいという目論見の方が勝った。 方法は違えど目的はひとつ、政宗様を助け、伊達のお家を盛り立てること。このまま政宗が妻もとらぬ、子供も作らぬとなれば、御家は荒廃の一途であるから事は重大だ。 どうやら話がまとまったらしいと背中の雰囲気で察したのか、政宗が「もおいいかー?」 と間延びした声をかける。 「あら、お見苦しいところをお見せしまして。ほほほ、」 「ご無礼を失礼致しました、政宗様。」 なんか企んでんなあ、と緊張感もなく政宗が茶を啜る。 この二人の場合、なにか企んでいるにしても自分のためには相違ないので、やりすぎないよう、に迷惑のないよう目を配っておけばいいだろう。 「じゃあ決まりでいいんだな?」 もちろんダメと言っても、もう呼んじまったから来るけどな。 ニヤと笑った殿様に、家臣の姉弟は揃って肯定の頭を下げた。 画して次回、姫、来る。 |
(20130315) |