美人だ美人だ、と聞いてはいた、が。
 思わず出迎えにズラリと出そろった伊達の衆達がぽかんと呆けてしまうのも仕方がない。よお、来たな。なんてのんきに出迎える殿様の後ろで、家臣一同お顔のデッサンが狂いまくりだ。牛車から降り立った噂の姫君、様の花貌ときたら、想像の遥か上をいく美しさだったのである。実際市で笠と衣を透かしてチラ身した経験があるはずの連中も、なんの隔てもない姫君のお姿にその顔はパースペクティブという概念すら失っている。
 噂の様は、どっからどう見てもお姫様だった。今確実にこの場にいる家臣たちの間では世界で一番お姫様だった。
 車を牽く牛は三頭とも黒々と輝いて立派であったし、加賀細工の雛人形の世界かと目を疑うくらいに牛と車の設えも豪華絢爛と言って過言ないものだ。屋形の部分など漆の黒塗りに螺鈿が撒かれていて、金銀砂子の星模様。牛飼童(うしかいわらわ)に車副(くるまぞい)の衣装も見事の一言である。源氏物語の絵巻が、目の前に飛び出してきたようだ。本気で京の天子様関係かもしれん、と思わず小十郎がその牛車だけで内心若干ビビってしまったのも仕方がない。宮廷流の御もてなしの、準備などされてもいなければその心得がある者もいないのだ。
 驚いていないのはあらかじめ「政宗様のご迷惑にならないように。」と聞かされていた政宗ひとりで、あとは大抵、顔に出たりでなかったりと様々ではあるが、ビビっている。喧嘩の基本はまず相手の出鼻をくじくことであるから、竜の姫君はなかなかその道の才があるのかもしれない。内心戦々恐々、あるいは狂喜乱舞している家臣たちを余所に、疑うまでもなくその才に秀でた殿様は、牛飼童の正体はなんなのかを考えていた。右の車副に関しては、顔を見ただけで考えるまでもなく蛙であろうと思う。

様、ご到着です。」
 ひょっこりと牛車の影から顔を出したいつもより豪奢な着物の翡翠が通る声で相も変わらずクールに告げると、牛が外され、くるくると簾が巻き上げられた。まず、たっぷり着物に水を含ませて来たらしい八馬女が御簾を上げたままにし、同じように磐梛が下りる。いつもの大陸風とは違う、日ノ本の上流女房が着るような小袖に裳袴を着ていて、大層立派だ。そうしてその手に引かれて、ゆっくりと降り立ったの、美しいこと!
 普段見慣れた政宗であるが、鄙びた湖の畔でも市場の喧騒の中でもなく、豪華絢爛な牛車の前、そして自らの城の前で見ると、また趣が違うもんだなあと感心している。政宗の送った小袖ではなく、真っ白な小袖の上から青地に金銀に百花繚乱の唐織をひきかけている。それだけで女たちなど溜息を吐きそうなものなのに、そこから突き出ている細い首に乗った花貌ときたらない。浅葱の帯の繊細な刺繍は流水を描いており、その周りをお花と光が飛んでいる。たった一人で圧巻の一言であった。
「よお、来たな。」
 あくまで普段通り声をかけながら、磐那から手を引く役目を譲られた政宗がにしか見えないようにニヤリ笑いをする。それに応えてもチラと口端を上げた。傍から見ると完璧な姫君と殿方なのだが、お互いにはお互いの笑みが悪だくみのそれにしか見えていないからいけない。
 地面に完全に足をつけて、それからぽかんと呆けたままの家臣たちの前まで導かれると、はゆったりと首を巡らせて、それから優しく首を傾げた。半分後ろに流したままの黒髪がさらりと肩から落ちて、それだけで何人か沈みそうだった。
「こんなにたくさんの御家来衆に迎えていただいて…皆様、お仕事も御有りでしたでしょうに。」
 ありがたいことです、とかすかに頭を下げる動作をする姫君に、前列は大いに慌てた。本来出迎えは政宗に小十郎に喜多、政宗の従兄弟の成実にそれから黒脛巾を含んだ家臣幾人かで済ませるつもりであったのだが、どこから聞きつけたのか噂の様が来るというので城中仕事をほっぽり出して、この始末である。鬼庭に小梁川と言った重臣連中も面白半分で高みの見物…と決め込むはずが成実と一緒になって最前列でガン見している。爺共ハッスルしすぎだろとは政宗の心の声であるが、なんていうか、もうつっこむのも面倒くさい。
「道中無事でなによりだ。」
「ええ、曇ってようございました。」
「違いねえ。」
 姉やふたりを横目におかしそうに笑った政宗に、笑いごとではございませんよ、と澄ましていた八馬女が片目を瞑る。これでもけっこう、渇いてるんですから。その隣ではくすくすとが肩を揺らしていて、それがなんとも優しげで、リーゼントの言葉を借りるなら、「お花みてえ!!!(なんか良い匂いしそう!)」である。
 がわらっただけで、そこらじゅう華やぐようだから、いけない。ますます家臣の皆さんの意識が遠くなる。
「…おい、テメエら。」
 それを背中で感じてか、いつまで呆けてんだと政宗が半眼で振り返ると、まだまだぽかんと間抜け面か瞬き一つしない真顔でガン見かの二種類の顔ばかりがずらりと雁首そろえて並んでいるのだからたまらない。shitと思わず額を叩いて、政宗は腕を組み直した。
「ダチのだ。事情があってしばらくの間預かることになった。…いいか。これ以上恥ずかしいとこ見せんじゃねえぞ。」
 どいつもこいつも間抜けな顔しやがって。その台詞に頬笑みながら、が静かに頭を下げた。
「御世話になります…どうぞよしなに。」
 最後顔を上げてからの、笑顔がそれはもう眩しかった。それにパチンと中てられたように、ようやっと止まっていた時間が押し寄せてきたのか、今度はギャラリーがいっぺんに騒ぎ出した。なにせ彼らの目の前に、青いお殿様と青いお姫様がかっこよく、あるいは美しく立っていたので、思わずウッス!と返す返事に気合も漲る。伊達の皆さまは元気がよろしいのですねぇとのんびり微笑む姫を、斜め後ろから完全にロックオン(主君の嫁候補的な意味で)な右眼とその姉の両目にも、同じく漲る殺気(やるきと読む)の鋭さや如何に。




(20130522)