「…して、政宗様。」
 熱狂的歓迎の時間も過ぎ、ようやっと落ち着いて謁見の広間に腰をおろした一同である。配られた茶を啜りつつ、政宗手製の茶請けに舌鼓…いやいやちょっと待て。誰よりも早く我に帰ったのはもちろん我らが右眼様だった。
 うっかり和みかけていたし、気づけばうっかり姫のお女中二人に両脇を抑えられていた。うっかり!
「ああ?どうした、小十郎。」
 どうした?じゃねえよ!
 思わずダァン!と畳を叩きたくなる小十郎だがそこはぐっと我慢の子。寄った眉間のシワに何故か両隣のお女中のテンションは上がり、シワの原因は正体不明のお姫様と仲睦まじく茶請けを食べている。ツッコミ所満載やないけえええええ!!!関西から遠く隔たったここ、奥州の生まれではあるが、不肖片倉小十郎景綱、全力でツッコミたい。ハリセンはどこか。
「先ほど言っておられた…事情、とは。」
 うずく右腕をおさえ、どうにかこうにか絞り出す普段の声音。知りたいのはもちろんそれだけにはとどまらず、本音を言うとそんなことは若干どうでもいい。聞きたいのは姫がどこの人かとかどうして知り合ったとかどこの人かとかどこの人かとかどこの人かとか!
「事情…そんなこと言ったか?」
 言いました!と小十郎が声をあげる前に、仮想敵かもしれない姫本人が、あら、と茶請けを口に運ぶ手を止めて首を傾げた。
「ひょっとして政宗様…私が何故御世話になることになったのかもお話ししておられないのではありませんか?」
 も、ってなんだ!とツッコミたいが言いたいところそのままドンピシャだったので、グッと黙って頷くに留める。
「ah!どうせ先に話しておいてもお前が来てからまた話す羽目になんだから面倒は一度で済ませたいと思ってな。」
「まあ、それでそのまま忘れておられたのですか。」
 御家来の方はさぞ心配されたでしょうと麗しい眉を下げられて、ええ子やないか…っていかん!いかんぞ男小十郎!これくらいで絆されてはならぬ!さらによるシワと漲る覇気とに、お女中のテンションは何故かMAXである。
 にさっと折り目正しく向きなおられて、小十郎も背筋を正した。客間全体を覆うに一方的な緊張感は、やはり戦場を彷彿とさせる。「おいおい…戦じゃねえぞ小十郎。」「おなご相手になんつー凄み効かせとるんじゃあいつは。」「スゲー!ちゃんビクともしねースゲー!さすが梵のカノジョ!」主君に家老に主君の従兄弟の声にも全く反応なしの小十郎は、まさに戦の前の臨戦体勢そのものである。
「まあ…一体どこからお話ししたものでしょうか?一体どこまで、お話しされているのです?」
 最後の問いは政宗に向けてのものだ。
「ダチだってことは説明してある。」
「他には?」
「That's a all about you and me!」
「あらまあ。」
 わからないながらに意味は通じたらしいが、よく城へ入れていただけたこと、と目を丸くして柔らかくわらった。
「それではさぞや心配されたでしょう…片倉殿。」

 名前を呼ばれてビシリと小十郎が背筋をこれ以上伸ばせないところまで伸ばす。
「御安心下さい。私と政宗様は、私が危うく襲われそうになったところを政宗様にお助けいただいたのが御縁で知り合ったのです。命の恩人に仇をなすようなことをするものですか。ええ、そのようなこと、決して致しません。」
 いきなり命の貸し借りの話がこのようになよやかな御婦人の口から出るとは思わず、肩すかしをくらったような気分の小十郎である。
「で、そのあと逆にこいつに助けられてな。命の借りの礼にゃあ高過ぎる礼だ。小十郎、お前も知らねえうちにこいつにたっかい借金背負わされてっぞ。だもんで礼の礼を…って始めたら終わらねえだろ。そこで、俺とこいつはダチになったわけだ。ダチ同士なら貸し借りナシ。give and takeってな。そのダチが困ってるってなればほっとけねえ。で、今回城に招いたわけだ。」
 なんか肝心なところがぼやけまくった質問であるがとりあえず聞きましょう。気を取り直してシワを深め直し、最後まで聞いたらツッコミます、とアタマの中にツッコミ部分をリストアップしていく小十郎です。
「その、困りごととは…。」
「こいつに懸想したとんでもなく思い込みの激しいchikienストーカー大馬鹿野郎が思いつめてな、一度は本人に襲いかかろうとしたほどなんだが、そうとは知らずに俺がを助けて袋にしたもんで命からがら逃げかえり、それでも懲りずに怪我が治ったってんでまーたこいつをつけ狙いにくるかもしれねえらしい。」
「なんと!」
 婦女子のケツを追いまわし、相手にされないからと言って挙句の果てに腕にもの言わせようとは、男の風上にも置けぬ輩である。素直に不快である、という感想を露わにする小十郎に、やっぱり姉やたちのテンションはダダ上がりの一途を辿った。
様は今お父上のおられる本国からは離れて、お一人でお忍びでこの奥州に逗留されているのですが、お付きの兵など数は知れておりますし、わたくしどものような側仕えがほとんどでございますから、もし大事な大事な末姫の様の御身に万一があっては、国の大殿様に申し訳がたちませぬ。」
 うまいことぼやかして、小十郎の隣をキープしていた八馬女が口を開いた。その時よよよ、と顔を袖で隠して、ちょっと小十郎の裾に縋るのも忘れない。
「その旨お話ししましたら、女だけではさぞや心配だろうと、此度お招き頂いたのでございます。」
「御迷惑かとも思ったのですが、やはり我らだけではどうにも心細く…お言葉に甘えてしまいました。」
「しかしながら流石は音に聞こえた竜の御仁!感動いたしましたわ…!政宗様になら、様を預けても安心でございます!」
「どうか片倉殿、様をお助け下さいまし!」
 両サイドからの八馬女と磐梛の息もつかせぬ見事な挟撃に、どっちに相槌を打っていいやらの小十郎である。成実はサッサと、ちゃんかわいそーなどとその前に移動して真っ白いおててを握ったりなんぞしている。このちゃっかり者!遠慮なくつっこめる相手であるので頭のひとつやふたつ叩いてやりたい小十郎なのだが、まだ女中二人の連携プレーは止まらない。

「相手は腐っても朱雀の一番槍と呼ばれた輩でございますれば、政宗様ほどの腕前でなくては太刀打ちできませぬ!」
「おい、あのchiken野郎そんな大層な渾名持ってやがんのか!」
「そうなのです!まー!政宗さまにケチョンケチョンにやられたクチでございますから、迦楼羅も大したことはなかろうかとは思いますがやはりどう頑張っても我々文字通りの所詮雑魚でございますもの!」
「いやいや…お前ら二人とも立派な魚だろうがよ、美味えだろうがよ。」
「あらやだ政宗様ったらエッチ!」
 話が読めない。というか理解不能な単語が先ほどから幾つか当たり前のように飛び交っているのだが、なんの比喩であろうか。このいかにも気の良さそうな年増のお女中二人も、多少なりと武を嗜むと言うことかしらん。
 先ほどまでとは違う意味で、首を傾げて眉間のシワを濃くした小十郎を見、があらあらとおっとり声を上げる。

「政宗様、片倉殿が困っておいでですよ。」
「Oh、しまった、つい、な!」
 なにが、つい、か。
 ギロリと半目で睨み下ろされて、ちょっと明後日の方向を見やる政宗と、それから女の子の前でそんな顔しないの!とちょっと腰が浮き気味の成実である。

「つまり、殿は、どちらの国からおいでになられた姫君であらせられるのか。」

 最早遠慮は不要とズバッとその腰の刀の如き切れ味で切り込んだ小十郎に、「ah〜…、」となんともつれない返事の主君である。どうしたものかと視線をやられて、がにっこりと首を傾げた。この世のものとは思えない造作の顔が美しい微笑を形づくり、花の唇が静かに開く。

「遥か外つ海を超えた大陸の険しい山々を越えたところ、神仙の棲まう泰山の峰々、その雲上に広がる雲海を統べる竜王の国より参りました。」

 言っちゃっていいのぉ?それ。



(20130522)