で、である。 改めて粗方の事情と経緯を説明された小十郎、鬼庭と小梁川の爺様とやっと夢の国から帰ってきた成実は、それぞれに遠い目をしていた。やっぱりうちの殿って、あらゆる意味で大物だよなぁ。お城の真上に竜が出たってんで上へ下へ大騒ぎの御家来衆たちをあっという間になんだかんだうまい具合に鎮めてしまったその大物は、竜の姫君と隣に並んで、中断された茶と菓子を楽しんでいる。 ぱくり、と小さな口で菓子を一口含むなり頬を緩めた美女相手に、照れることも臆することもなく、殿は「イケる口じゃねえか。」などと満足そうにしていらっしゃる。 「梵、昨日張り切って調理場に行ってたもんねぇ…。」 どえらいべっぴんさんがまさかの人外だった、というそのショックからいまだに立ち直りきれない成実が、菓子に黒文字で切り込みを入れつつ、ほろりと涙をこぼしながら、ほろりとこぼした一言に、梵、と呼ばれた本人は「shut up!!!!」と怒声を上げ、人外のべっぴんさんが「梵?」と首を傾げた。ああくそ、やっぱり綺麗だなあ畜生。 「ん、あのね、政宗様の幼名は梵天丸様って言ってね、俺ぁその時分からの付き合いだもんで、つい今でも、梵、梵、って呼んじまうんだよねぇ。」 へろりと笑った成実に、そうでしたか、とが胸の前で両手を打って微笑み、ああ、くそ、 「やっぱちゃんめっちゃ美人ー!!!!」 成実が泣き出した。 ついに壊れたかとぎょっとした伊達衆をよそに、「もういい!もういいどうでもいい!美人でかわいかったらなんでもいい!許す!かわいい!ばかばか!」などと両手で顔を覆っている。呆れ通り越してドン引きの様相の小十郎をしり目に、懐紙で鼻なんぞ噛み出した。不作法者め。 一方、梵、の正体がわかった姫君は、政宗に向ってきらきらとその大きく黒めがちな、長い睫に縁どられた二重のお目目をきらめかせていた。ほんっとべっぴんさんじゃのー。背後で爺共もあきらめた気配を感じ取り、小十郎は一度認めたとはいえなんとなく苦い涙を主君お手製の菓子と共に飲み込んだ。いつ食べてもやっぱりウメエ。 「政宗様は、本当に、お料理がお上手ですね!」 「なんてこたねえよ。うまいもん食うのが好きでな。」 「この間いただいたおにぎりも、大変美味しゅうございましたもの!」 美人に純粋に褒めちぎられて悪い気がするはずかない。けれども政宗が、なんとも困ったように苦笑がちに「ありがとよ。」と照れたように笑うのが、身内のひいき目を差し引いても、ずいぶんとはんさむだった。 い、いい感じじゃねェか…。 ゴクリと戦慄を隠そうともせず唾をのむ小十郎をしり目に、二人は仲睦まじげに話を続けている。 「ああ、そうそう。の部屋は離れに用意したぜ。ちぃとばかし俺ンとこから遠いが同じ城の中だ…何かあればすぐ駆けつけるさ。池もあるしそっちのほうがいいかと思ってな。」 それに姫君ではなく、もくもくとお菓子を頂いていた女怪―――いや、お女中二人が、きゃあと嬉しそうに声を上げる。 「ありがたいこと!それなら翡翠がいつでもあちらに様子見に参れます。」 「私たちも帰らず済みますわねえ。やっぱり姫様おひとりをお預けして帰るのは心配ですもの。」 「そう言うと思ってな。」 キャー政宗様ー!流石よー!と慣れた歓声が上がって、フフンと得意げな政宗であるが、小十郎たちにはさっぱり事情が呑み込めない。いや、いきなり北の対に…とか言われても困ったけど、それってどうなのよと言うのが本音であった。 「えー、政宗様?」 家臣代表小十郎の右手を挙げての質問に、ああ、と主は頷く。 「と、いうわけで喜多、床の準備は一人分でいいからな。」 畏まりました、とそういえば最初っからこの部屋の隅に控えていた女中頭の喜多であるが、まったく取り乱した様子も疑問に思う様子もなく淡々と頷くのみである。我が姉ながらこの人本当に人間だろうかと思わず小十郎が戦慄を覚えるのも無理がないほどの冷静沈着ぶりは、まさしくこの場において一番のイケメンだった。 「いや、ですから政宗様?」 「ah、こいつらは池で寝泊まりすんだよ。」 「は、」 「あっ、政宗様、釣り禁止令出しといてくださいよ!」 「そうですよう!あと鯉とかいます?」 「おう、いるぜ。」 「あちゃー、どれくらいお池にお住まいです?」 「池造ったのは俺の代からだから…五年そこそこくらいじゃねえか?」 「あ〜、なら大丈夫ですわ。よかった、お城の池なんて、もんのすごいヌシが出てきたら隅においていただくのすら大変ですものー。」 「五年くらいなら、ヌシっていうよりは群れの統率者、くらいかしらねえ。」 「余裕でペロリだわー。」 ほほほおほほ、と笑っているが、さっぱり。さっぱりだ。 「ですから…?」 小十郎、なんとなく胃が痛む。すげーなー小十郎、まだつっこむなぁ、と涙ながらの成実の感嘆の声は無視した。あきらめた者はそこで置いていく定め…ってなんか話が違ってきていないか!? 「だから、さっき言ったろ小十郎。」 呆れたように眉を上げて、政宗が肩を竦める。 「"やまめ"に"いわな"だ。」 「…は?」 あらあらとお女中二人が袂で口元を隠してころころと笑う。ふとその着物がしっとりと濡れていることに気が付いて、小十郎は目を丸くした。つまり、 「だから、山女魚に岩魚だ。you-see?」 あいしー、と習い覚えた異国語を、呻いて返すその気分はずばり、もう、どうにでもなれ。 おまけに河童もいますよなんて、もごもご菓子を頬張りながら喜多並の冷静沈着さを見せるお河童頭の童女に部屋の隅から言われたら、もう、ほんと、いっそ、どうにでもしてくれ。 |
(20120624) |