龍族の姫君が伊達城に逗留し始めてはや三日。右眼こと片倉小十郎は、もはや若干ほとんど開き直っていた。
「これでよろしいでしょうか?」
「おー、流石だな。それにしても熟る達筆なもんだなァ。」
「政宗様も御上手ですよ。」
 目の前では件の姫君と彼の主君が、二人並んで仲良くなんとご政務にお励みになっていらっしゃる。政宗様がこんなにもかつて、主体的に、もくもくと、かつ穏やかに、お仕事をなされていたことがあろうか、いや、ない。ないぞ!内心叫びながら、くーるな右眼は黙って筆を動かしつつ、二人をガン見していた。戦場のような気迫であるが、もちろん誰も気にしない。
「悪いな、代筆頼んじまってよ。」
「こちらがお世話になるのですもの、これくらいお安い御用です。」
「おじゃるにはお前みてぇな字の方がいいだろ。」
 にこにこ、と花貌の姫君は笑顔を絶やさない。殺伐とした執務室が、なんとも華やかで和やかである。床の間にはもちろん喜多の活けた花が咲きほこっているが、姫という花は、なにせ生きていて、小鳥のようにお喋りをし、蝶のように優雅に室内を動き、そして玉響のような美しさであるので、その正体が竜だろうがなんだろうが、やっぱり大変に、荒みがちな書類仕事の只中に素晴らしい癒し効果を発揮している。
 これもせくはらだとか男女差別だとか言われるんだろうか。むさい野郎のお手製よりも、女の子がいれてくれたお茶の方が美味しい。これって間違いだろうか。

「小十郎様、」
「む、」
 無表情のままそんなことを小十郎が考えているとは露知らず、ぽーかーふぇいすなお付きの童女が、ちょこんと前に立っている。
「こちらの書類は墨も乾きましたので重ねても宜しいでしょうか。」
「ああ、頼む。」
様〜、政宗様小十郎様成実様お茶が入りましてございますよ。」
「一服なさりませ。」
 おほほとよく似た微笑でお付きのお女中二人が茶を運んできた。たったの三日で随分城の炊事場にも明るくなったらしいが、そもそもこの姐や二人の仕事はこれであるし、ヌシ神に至れる年の功か、これまた茶を煎れるのがうまい。
 湯呑みを受け取りながら成実が、人間にしか見えねえなぁ、なんてもう何度目かわからないことを考えているのをみてとりながら、小十郎は少しため息を吐く。我ながらなんとも、異様な環境にすっかり適応してしまっている。
 目と目の間に溜まった重たい塊を押し出すように親指と人差し指で眉間を抑えていると、「お疲れでございますね。」と姫君の控えめながら優しい声が降った。
「小十郎殿はよく働かれるから。」
「なに、普段よりゃあ楽させていただいてますがね。」
 そこで政宗の方に目をやると、ふいと逸らされる。くすくすと肩を揺らして笑うに、和むあたり相当麻痺しているのだが、なにせこの小十郎、開き直っている。自らのあるじが規格外の人間だということは重々承知のことであるし、その主人の相手が十人並みの人間だとはもちろん思っちゃいなかった。想像と希望の遥かに斜め上をブッ飛んだがーるふれんどを連れてくるとは夢にも思わなかったが、これでこそ独眼竜という気もするのは贔屓目だろうか。贔屓して悪いか、うちの殿だもの。
 だから深く考えるのはよそう。いいじゃねえか竜のがーるふれんどがほんとに龍だなんてなんか馬鹿馬鹿しいほどぶっ飛んでていっそくーるだ。そういうことにしよう。

「小十郎殿、暫く。」
 ままに、と言われ、動きを止める前に麗しい指先が伸びてきて固まった。ほっそりとした人差し指の先が、小十郎の眉間にちょん、と触れる。ジワとなにか、温もりが、滲む。
「…………ン?」
 なんだか肩が、軽い、ような。
「水の流れが滞っておりましたので。」
「……はァ、」
「少しばかり、めぐりをよくいたしました。」
「…………ありがとう、ございます。」
 解せぬ。が、なんかとてつもないことをサラッとされた気がする。
「おーのソレ、効くよなぁ。」
「政宗さまはそんなにこってらっしゃいませんよ。」
「なんだ、ケチケチすんないーじゃねえか。」
「えっ、なにそれちゃん俺も俺も!」
 深く考えるのはよそう、と思う。


(20140313)