「良いお天気ですねぇ、政宗様。」 「ああ…。たまにゃあこんな日も悪かねェな。」 のどかな昼下がり、二人はに宛がわれた離れの縁側に腰掛け、おっとりのんびりと茶を楽しんでいた。あの独眼流伊達政宗が!?と戦場でのラリったと言っても過言ではないハイテンションかつスピーディーに動きまくるスタイリッシュハードアクション政宗しか知らない者は驚くかもしれないが、そもそも彼も人間、風雅を好み、趣味は料理という以外に乙女ンな一面を合わせ持ついいとこのボンボンである。常にハイテンションなわけでも、もちろんハードにアクションをこなしているというわけではない。書類仕事もあれば城下の見回りもし、句会を催したりなんかもすれば、寺へでかけなければならなかったり、それから武芸の稽古があったりと忙しい身だ。最近まじめに政務をこなしていたので、ふいにぽかんと時間が空いた。せっかく友達がお城へ泊まりに来ているというのに、そう言えば政務を手伝ってもらったり、爺共の相手をしてもらったりで、二人で話をしていなかったな、と思い当たったのがつい今朝方のこと。そうして思い立ったが吉日のすばやい行動力で、「よォ。」 と茶菓子の包みを片手に離れを訪れたのがつい先刻のことである。 突然の来訪にもにこやかに応じた姫君は、「あら、お湯が切れております。」 などと言って空になった土瓶に向かって手を翳すと、ふわり、となにやら掬いあげるようなしぐさをひとつ。すればなみなみと土瓶に満ちた、茶を淹れるには丁度良い温度の湯に、人間の殿様が唸る。相変わらず、思いもかけないことをたやすくやってのけるので驚かされるが、そろそろいい加減慣れてきた。 茶は姫君に任せて、殿は茶菓子を適当に広げ始めた。と食うからと遣いに出したら、小姓のやつ、いつもよりいいのを買ってきやがった。一国一城の主に出す菓子よりよい菓子があるとは何事かと思うが、おそらくその辺りの銭勘定は、喜多が取り仕切っている。質素倹約を極めすぎてケチくさくしては一国の城として恥ずかしいが、しめるところはきっちりしめます、という彼女の台所運営方針は、概ねすばらしいの一言に尽きる。 「喜多が奮発してな、良い菓子を入れてくれた。」 その言葉にぱっとが頬を緩めた。なにせこの姫君、人間界のお菓子がひどくお気に召したらしく、とくに葛を使ったものには目がない。そわそわと瞳を輝かせるに仕方がねえな、と苦笑しながら、「ほら、」 と政宗が持ち上げて見せたのは立派な葛きりだ。 「まあ!」 「喜多もよっく分かってんなぁ。」 「うれしい。政宗様、喜多殿にお礼をしなければ。」 「後で言っといてやれ。あいつも喜ぶだろ。」 「ええ。」 ほくほくと頬を緩ませて、手渡された菓子を、まるで生まれたての小鳥にするように両手で包んで持っている様は、ほんとうにかわいらしい。竜のくせにかわいいなぁ、なんて肘をつきながらもちろん政宗も考えているのだが、それ以上に、かわいいなぁ、と心底絶叫している面々が、いた。 「……かわいすぎっだろあれ!!!!!」 エクスクラメーションマークがいつつもくっついているが小声である。なにせ今、大きな声を出すわけにはいかない。 囁き声で絶叫するという器用極まりない芸当をやってのけている成実の隣で、小十郎がムッツリと頷き、その隣では伊達家の隠密衆である黒脛巾の組長とその部下二名が激しく頷いている。 『ね?ね?どうしてなかなかいい感じでございましょう?』 「…確かに。」 ドスの聞いた声音で小十郎が相槌を打っている相手は、池の中の巨大な岩魚、もとい磐那である。 伊達の側近と黒脛巾たちがどこにいるかというと、離れの前にある大きな池の向こう側、の茂みの下、である。全員が匍匐前進の格好で、縁側に腰掛けた主君たちから見えぬよう、全力で両手に木の枝を持つなどという古典的擬態を用いて隠れ忍んでいる。 そう、が竜だという仰天の事実にうっかりすっかりちゃっかり忘れていたが、今回のお泊りをおっけーしたのも、いつまで経っても妻帯しない主君に、業を煮やしてのことである。『政宗様初めてのお友達とお泊り会』には〜いい姫君ならあわよくばげっとしちゃえ〜というサブタイトルがつくことを、彼らは非現実的な生物たちとの邂逅にも慣れたところで、思い出したのである。 で、 彼らがとった行動は、漢らしい、のひとことに尽きた。ズバリ、単刀直入に、姫の御家来衆と膝を折り合わせ腹を割っての座談会となったのがつい昨晩のことであった。 種族は違えど様が高貴な姫君に違いないことは相分かった。しかし、だからこそ問おう!いくらその御身に危険が降りかかる恐れがあるとて、国へ帰るという選択肢をまるで最初からなかったことのようにして、何故、大事な姫君に恩人とはいえ男の家へ外泊を許したのか。 鬼神の如き迫力を漲らせる小十郎を前にびくともせず、方の御家来代表、磐那と耶麻女のお二人は、袖でついと口元を隠し、お互いに目配せをひとつ、ほほ、と笑って告げることには、「ぶっちゃけますと、そりゃーもちろんあわよくばこのままもらっていただけないかと。」 ガバッと小十郎が顔を上げた。 「磐那殿、耶麻女殿…!」 「小十郎様…!」 勢い余って全員が立ち上がる。 「竜ですがよろしゅうございますか!」 「…!こちらこそ、人間でよろしいのか!」 音がするほど力強く、ガシッと握手。 と、いうわけで一蓮托生。 「……ちなみに姫様の総資産額はどのような感じであられるのか。」 「あっ!小十郎、やーらしい!」 「人間の姫君を娶る以上のメリットがねえと納得しねえ爺共がいるだろうが。いくら様自身が竜神様でも、それにまつわる人間関係にメリットがねえ。」 「あっ!」 「おほほ、人の世の財に換算致しますと…これくらいかと。」 「人間関係は皆無ですが鬼神も裸足で逃げ出す天界最強生物竜神関係がついて参りますわよ。」 一蓮托生。むしろ、よろしくお願いしま―――――――――――――す!!!エンターキーッタァ…ン!!!!! と、いうのが昨日の今日で、こうして主人二人のひなたぼっこの様子なんぞを、観察、もとい出歯亀しているわけである。 「これさ〜ほっといてもいいカンジじゃないの?っていうか俺てっきりちゃんは梵のカノジョだと思ってたんだけど…。」 「馬鹿野郎。これでまったく男女の意識がねえからいつまで経っても進展がねえんじゃねえか。」 『当人たちがお互いを"竜"で"人間"だということをまったく気にしていないことが問題ですわ。』 「うぅむ、男と女である前に竜と人であるわけか。」 『そうなのです。それを当たり前に認識してらっしゃるからこそ、友人にこそなれますが、恋人、という概念が生まれないのです!もったいない!』 姫様そこ代わってくださいと叫びかけた磐那をぴしゃりと尾で打って、耶麻女が魚の口を開く。 『竜と人である前に男と女であることを知らしめなくては!』 「しかし、知らしめて普段どおり政宗様が振舞えるかどうか…。」 『前々から気になってたんですけど政宗様って女性に何かトラウマでもおありなんですかぁ?』 「…家庭環境がいろいろ複雑でな…。」 まあおかわいそう!小十郎様の眉間のしわってやっぱりかっこいいわ〜。小十郎ももててるなぁ…。殿、そこで手の一つや二つ握られませい! 外野がなんとも騒々しい。 「あいつらはさっきから池のほとりで何してんだァ?」 「ええ、さっきからずっと茂みに腹ばいになって…磐那と耶麻女が魚の姿でも披露しているのでしょうかねぇ。」 もちろんしっかりバレている。 |
(20140313) |