(かんろをくばる)


殿、」
 呼ばう声に振り返る。
「八つ時に菓子はどうかとお持ちしたのだが…如何でござろう?」
 ひょっこりと襖の向こうから顔を出したのは先日の若武者だった。なるほどその手に言う通り菓子の包みをぶら下げている。ずいぶん量が多そうだ。
 目を丸くしたに、幸村はくしゃりと笑顔を浮かべた。
「実は某、おのこのくせに恥ずかしい事だが甘いものにはとんと目がなくて、」
 照れ臭そうにわらいながら、目ばかり正直にきらきらと輝いている。それにが小さく笑うと、うれしそうにぱっと顔を明るくした。もちろんそれが、男のくせにお菓子が好きだなんて、という笑いではないと察してのことだ。
 相変わらず不思議なことに、どうにもこの真田幸村という若武者には、音のないの言葉が、なんとはなしに通じるらしい。
 お茶を淹れようと立ち上がりかけたを手で制して、「茶なら佐助に頼みもうした。」と挨拶の折、母親のようになにかと世話を焼いていた橙の髪をした忍の名を口にした。信玄公の元に参上した佐助に、は何度かあれからも会っているが、茶も淹れられるとは知らなんだ。ますます奥女中なんて、必要あるのかしらんと首を傾げかけたが、忍がいつも城にいるわけではないと思い至って落ち込みそうな思考を取りやめることにする。
 その間にも幸村はさっさと、菓子の包みを解いて縁側に並べ始めた。「これがみたらし、」「これが花見、」「これが餡子。」と先ほどからが目を真ん丸にしてしまうほどには量も種類も豊富である。その視線に気が付いてか、幸村がぱっと顔を赤らめた。具えまで赤いものだから、顔を赤くすると全身が赤く見えるのでおかしい。
「い、いつもこんなに食べるわけではござらぬぞ!?」
「そーそー。いつもは一種類をこれくらいの量、止めなきゃぜーんぶひとりでぺろっと食べちゃうもんねえ、旦那は。」
 急に降ってきた声に驚いてが振り返ると、當然のような顔をして盆を手にした佐助が立っていた。
「今日はねえ、ちゃんと食べようってんで、でもちゃんが何好きかわかんないから、とりあえずいろいろ買ってみたんだよ。ね〜旦那。」
「い、言わなくていいでござろう佐助!」
「なんで?アピールしとかなきゃ。」
「なにをだ佐助エエエエ!!」
 主従らしくないというか、騒がしい二人組である。きょとりとが口を開けていることに気が付いたのか、ごほんと一度わざとらしい咳払いをして、二人の間に佐助が盆を下ろした。盆の上には湯呑が二つと、急須がひとつだ。
「じゃーごゆっくり。旦那、ちゃんの分食べちゃだめだy」
 言葉は最後まで発せられなかった。
 なぜなら似たような眼差しが二対、まっすぐ忍を見上げていたからだ。
 噫、俺様なんとなくこれ、なんて言ってるかわかる気がする。
 思わず手で目元を覆ってしまいたくなった佐助だが、持ち前の図太さとこれまでも経験でぐっと押し留めて、何か御用ですか、とへらりとした笑みを浮かべる。しかし二人の眼差しは変わらず、じいっと佐助を見上げている。ああ、俺様このあとこの口が、なんて言うかわかる。
「…佐助の分がないではないか。」
 ほら見たことかと天を仰いだ忍を見上げて、までうんうんと頷いている。
「なぁんで俺様まで食べなきゃいけないの!」
「いつもは共に食べるではないか!」
「今日はちゃんがいるからいーでしょ!?」
「何を言う!お前の分も買ってきたのだぞ!」
「買ってきたのは俺様でしょー!?」
 勘弁してよほんとという佐助の声が、なんとなく間抜けに響く。