(こまあそび) |
ようやっとか、という信玄の言葉に、「ようやっと!です…。」と肩身が狭そうに佐助が肩を竦める。俺様どこで育て方間違っちゃったんだろ〜な〜、といささか真剣に考えたくなるほど、彼の若君は女性というものに対して初心が過ぎる。それが初めて(比較的)まともに受け答えできた御嬢さんが現れたのだから、佐助に信玄に官兵衛殿に、と少なくはないが多くもない、しかも結構な重鎮ぞろいが、ことの次第を野次馬根性丸出しでどうなることかと見守っていたというのに、この半年なんの進展もなければ接触もない。正直佐助としては、というあの美しいが儚げな御嬢さんにはなにやら曰くがありそうなことだし、旦那の女性に対する緊張やら衒いやらを取り除く切欠程度になってくれればいーなーと思っているが、主君らの望みはどうもそうではないらしい。小幡家の末姫と真田の二男坊なら、なんの問題もないどころか、いい感じですらあるという、言い分は、まあ、わかる。俺様大人ですから。 しかしことを静観しているのにも飽きたお偉方は、なにかとちょっかいをかけては二人を引き合わせようとするのだが、どうにもうまくいかなかったのだ。 それがなんだ、ある日突然、並んでお八つと来たものだから「ようやっと!」の声に力も入ったし、佐助としては気も抜ける。まあ並んで、とはいっても佐助もちゃっかり二人の間に陣取ってしまったのだが、そればっかりは不可抗力だ。あの小動物系の目とわんこそのままの押しの強い目とに見上げられて、それを振り切って逃げるだけの意気地が、佐助にはなかった。どうにも自分に、本当に優しい好意というやつに、佐助は盲滅法に弱かった。慣れていないのと、恥ずかしいのと、くすぐったいので、どうにもどきまぎしてしまう。忍の頭だというのになんということ。でもそれも、限られた人にだけだと佐助は自分で自分に言い聞かせている。その筆頭が、彼のかわいい“旦那”なのだし、この“大将”で、それから新たに、そこに“小鹿ちゃん”も加わろうとしていた。大変不本意ながら、あの子の不安そうな眼差しは、ひとでなしにもなんともその期待を裏切るまい、怖がらせまい、悲しませまいというような義務感を抱かせるのだ。 「大将、」 「なに、急いてはことを仕損じるでな。ここは慎重にいかねばなるまいて。」 もとより長戦は覚悟の上よと扇で顔を隠しながら笑う甲斐の虎であるが、いつから戦になったんスか、とつっこむには佐助には強敵過ぎた。もう好きにしてくださいようと言うには真田の旦那に愛着がある。ほどほどにしてくださいよ、と呟くにとどめて、佐助はハアとため息を吐いた。 確かに幸村に女性苦手(嫌いなのではないと本人の暑苦しい主張による)を克服はしてほしい。けどいきなりがこれって、ハードル高いんじゃないのお?と言うのが本音だ。おまけにその様子を、虎だの狸だの狐だのに、高みの見物を決め込まれているのだからたまらないなあと思う。 旦那ってばつくづく大変だなあと言うのが佐助の本音で、できれば一歩も二歩も離れたところで旗でも振っていたいのだけれど。 「よし佐助、幸村をそれとなく、また小鹿を茶にでも誘うように唆しておけ。」 「いやいやお館様、それよりも幸村殿には殿は雨月堂のみたらしが好きだと言っておったと伝える方がよいのではありませぬか。」 「あれにそこまでの甲斐性がありますかな。」 「殿に大量に菓子を差し上げると言う手もありまするぞ。」 「…ううむ、だがそうすると儂のところへ菓子が来ぬか。」 「なに、御匙に、お館様に関してはなるべく糖分は控えるよう注意してほしい、とでも言うてもらえばよいのじゃ。」 「幸村殿の甘味好きは相当殿の印象に残っているはずだからの。」 「ふむ、まず間違いなく菓子は幸村殿へ流れまするな。」 「重畳、重畳。」 どこから沸いて出たのか、戦も無く治水も落ち着くこの時期は暇なのか、いつの間にやら部屋中がお偉いさん方のしょうもない話で騒々しいことになっている。甲斐の虎とその家臣の中でも知略に秀でた逸物ばかりが揃いも揃って、しかしその内容がこれであるから仕方がない。佐助よ茶を持てという主人の言葉にも、彼ははいはいと肩を落とすしかない。もちろんそれは、奥女中であるの仕事なのだろうが、今ここに彼女を呼ぶわけにはいかないのだから、自分にお茶くみが回ってくるのは妥当ではある。転職しようかなあ。 ではお茶汲んできますという彼の言葉に、茶うけもな、と爺たちの声が飛ぶ。 「…なんかみなさん、楽しんでません?」 襖を開けて去り際、やっぱり言ってしまったその一言を、もちろん佐助はすぐに公開した。振り返った先でにっかり笑う猛者たちの、実に楽しそうな人の悪い笑顔ときたら、夢に見そうな具合。とりあえず、ちゃんと旦那には合掌しとこうと、佐助は他人事ながらにしみじみ思ったのだった。 もちろんその智将たちの大会議の後で、時々若い二人が甘味を楽しんでいる様子が目撃されるようになったのだから、彼らの才と言ったら本当に恐ろしいものである。 |