(ほえるひと) |
、と彼女を見とめた男の顔は一瞬安心したように柔らかくなり、しかしその手を引く幸村を見てすぐさま険しくなった。 「、まだ話は終わっていまい。」 怯えを隠そうともしないで細い肩を強張らせたに、原因はこの男かと幸村は眉をひそめる。 それでも頓着しないように、男は険しい顔のまま二人を見つめた。男は幸村を知っているらしく、そして幸村もまた男のことを知っていた。同じ武田の家臣で、小幡家の二男坊だ。まだ若いにも関わらず軍略の才に秀でていると聞く。つまり物語の従兄にあたる。 「真田殿、申し訳ございませぬがを返していただけませぬか。」 ヒリヒリとするような、戦場に近いような剣呑な眼差しを向けられて、幸村の眉間にますます皺が寄った。返すも何も、まず物に対するような、への言い方が気に食わない。 「…殿はこのようにひどく泣いておられる。いったい何をされたのだ。」 努めて冷静に、と発された声は、思ったより低かった。 「…身内同士の話ゆえ、失礼ながら貴殿には関係のないことかと。」 「関係ない?」 そっけないその言葉に幸村はぐらぐらと怒りか沸き立ってくるのを感じた。 「関係ない?殿は泣いておられるのに?」 先ほどは幸村からも逃れようとしていたと言うのに、今やは幸村の影に隠れるように、男の眼差しを恐れている。ちらと気遣いながら横目に伺った目蓋から、涙は止まることがない。 「それこそ関係ございますまい。」 さらりと幸村をいなす言葉とは裏腹に、焦れたようにに伸ばされた手を遮って幸村は吠えた。 「目の前で女子が泣いておるのだ!関係ないなどということはなかろう!」 その威勢の良さに、男は一寸目を丸くすると、それからふとその幸村の青さを蔑んだようにも見える表情で冷笑した。 「…痴情の縺れだ、と、申し上げても?」 乱れた前髪を見せつけるように後ろへかき上げる様に、カッと幸村の頬に朱が昇る。 「それこそ某には関係ござらん!このような状況で、そなたのようにおなごを泣かせる御仁に殿を任せられると思うか!」 ではごめん!と返事も待たずに幸村はぐんぐんの手を引いたまま男に背を向けて歩き出した。 ちじょうのもつれ。なんとも淫靡な響きである。しかしそうとでも言えば、幸村が引き下がるとでも思ったのだろうか。そうであるならなおさら、足元を見られたようで腹立たしい。 諦めたのか背後から声だけが追ってきた。 「忘れるな!」 の体がこわばるのが、振り向かずとも手を繋いだままの幸村にはわかった。 「お前は間の子なのだから!」 |