(せっきこうじょう) |
「…よいではないか。」 ポツリそう言った。 「よいではないか。其方が半妖半人の異形であるならば、この幸村とて、日ノ本一の兵とは聞こえがいいが、そのまことの意味とは、戦場を駆る赤鬼、戦で功を立てるとは、即ち誰よりも殺すことよ。それが武士の務めなれば厭うてはおらぬ、悔いてはやれぬ、しかしそれでも、某は思うのだ。…俺は鬼だ。」 そんなことはない。そんなことはない。 否定したくとも言葉がない。自嘲するような大人びた横顔には憂いが滲み、噫このおのこはこのような顔もするのだと、は唖然とする。 「其方は戦を見たことがないから知らぬのだ。戦場の俺が、どれほどおそろしく、悍ましく、醜いか。そして俺が、殺し、屠り、燃やし尽くし、それでもなおより強い相手との戦を好んで求め、真性血に飢えた獣のように、戦場を徘徊するのか。」 紅蓮の炎を背中に、血を浴び、息は獣のように荒く、ギラギラと目を光らせ、もっと強い相手を求め、戦いの愉悦に酔いながら吼える猛々しい人の形を被ったなにか。 つとその目玉がを見下ろした。そこに憂いはあれど、やはり常と違わぬまっすぐな光があることには息を呑む。 「それでも某は、お館様のため、武田のため、血に塗れることも死もそののちに待つ地獄も恐れてはおらぬ。…よいではないか。俺は真性まことの人殺しで、修羅で、鬼で、武田の虎で、人でなしよ。」 どうしてこの人は、そんな風に言いながらもうつくしいのか。 は置いてきぼりにされたような、どこかさびしい心地がした。 「確かにその事実は、時折某を酷く憂鬱にさせる…だがそうしたところで事実は変わらぬ。某は鬼だ。ならば俺は、鬼になってしか見えぬものを見、龍と遊び、魔王とも百鬼に魑魅魍魎の群とも戦い、この甲斐を、武田をお護りし、そうしてこの乱世、必ずやお館様に天下を取らせて差し上げたい。お館様の作る国をこの目で見たいのだ。それはきっと鬼にしかできまい。だから某は、鬼で構わぬ。むしろそうありたい。」 だからこそと彼は言う。 「だからこそ、殿、某はこうして戦場の外、穏やかな日常にあっては、殊更に人でありたいと思う。殺すことのない、守るための手を持つ、立派な男子でありたいと。」 幸村様のように強くはあれませぬと、そう言いたかった。 「其方の身内に妖の血が流れておるのは確かなことなのやも知れぬ。だかそれでも、やはり其方は人ぞ。間違いなく、か弱い、優しい、やわらかい、守られるべき花のおなごぞ。其方は人だ。妖ならずいぶん昔に、其方が自ら封じたではないか。」 思わぬ言葉にが目を見張ると、拍子に我慢していた涙がこぼれた。この人の前で私は泣いてばかりだと、他人事のように思う。 幸村がの、白い咽喉を抑える。 「其方は強い、立派な武田のおなごだ…自らの魔を封じるために、進んで火を呑むなどと。」 某ならきっと痛くて泣いてしまう、とあまりに神妙な顔つきで幸村が言うので、の顔は泣き笑いのような表情になる。 「もう苦しまずともよいのではないか?其方のうちの半分の魔なら其方が封じた。それでもなお不安ならば、ほとんど全部まるごと鬼の某がおりまする。件も裸足で逃げ出す赤鬼が。」 噫けれど殿に逃げられては困るな。そう思いついたように一言、唸って、「逃げないでくだされよ。」そう苦笑する。 「殿が不安な時は、傍にいて見ておりまする。殿の魔が、悪さをせぬよう、見張っております。」 喉を抑える手のひらを上から押さえる。温かい。分厚い手のひらのその下に、自らの咽喉が在る。幸村の手のひらに阻まれて、の手のひらには彼の分の脈しか感じられなんだ。頑丈な手のひらに、隠され、守られているような気がした。 ぼろりとまた涙が落ちる。 「だから殿は、もっともっと、其方自身の人の部分を、大切になされよ。自ら慈しんで、しあわせにして差し上げよ。其方はまこと、心優しい清らかなおなごだ。その半分の人間を、大切に育てて、体に収まりきらぬほど大きくされよ。そうすれば封じられた魔も、身の置き場がなくなってきっと逃げてしまいますぞ。」 …本当にそうだろうか。 それはあまりに優しい慰めで、けれども本当に…そうだろうか。 そうだったならどんなにかいいだろう。 そうだったらと望んでもいいのだろうか。 噫、もしそれが、本当だったら? 震える喉で、有り難うございますと泣き崩れるように顔を覆ったに、今さらにその距離の近さに気がついたのか、幸村は慌てて「は、ははは破廉恥!」と、飛びす去りかけ、けれども泣いているのを放ってもおけずに途方にくれて情けない声をあげる。 まったく先ほどまでの慰め上手はどこへ行ったのやら。 泣かないでくだされ、とオロオロ青くなるやら赤くなるやら彼は忙しい。 終いには弱り果てて、「叱って下されお館さぶぁあああああ!!!」と、天まで轟くような雄叫びをあげはじめた。偶然通りかかった忍隊隊長が事態を収拾するまで、あと半刻。 |