(へんげ)


 も〜この泣き虫の御嬢さんどうにかしてくださいよ、と忍隊隊長がポイと部屋に投げ込んできた娘を見て、信玄は目を丸くしてそれから大いに腹を抱えて笑い始めた。笑いの収まらぬ顔で、しかし優しくどうしたと尋ねられて、は目を赤くして大きくて固い手のひらに文字を書いた。
 ―――宝を得ました。
 すべてを聞かずとも察したのか、信玄はそうか、とその手のひらでの頭をゆったり撫ぜた。
「それでお前は、今日の午後からの仕事をすべてさぼったのだな。」
 それにあっと顔を青褪めさせるを、おもしろそうに眺めながら、「よい、よい。」と歌うように信玄が笑う。
「小鹿は良く泣くのう。」
 祖父が幼い頃、によくそうしてくれたように、大きな膝にを抱え上げながら、信玄がその背をぽんぽんと撫ぜた。青くなった顔を赤くして、目を白黒させるに、さも愉快そうに信玄が笑い声を上げる。「誰に似たのか手のかからぬ子供ばかりであったが、」かつてこの館に、彼の家族の声が溢れていた頃を懐かしむように目を細めて、それからもう一度、今度は動物をあやすようにの背を撫ぜ下した。
「…あれも昔はずいぶんと泣き虫でのう。」
 遠い昔を懐かしむように目を細めてから、甲斐の虎はに目を戻す。あれ、が誰を指すのか、どうしてかにも通じた。
「弁丸と言うてな。」
 虎はを見下ろしながら、どこか眩しいものを見るように再び優しく目を細める。若い娘息子のような、彼らの健やかさを見るにほほえましくてかわいらしゅうてたまらぬのだ。
「確か五つ六つの頃であったか。初めて喧嘩して、それは見事な負け戦でな、こてんぱんにやられてのぅ。その頃から泣くまい泣くまいと堪えて稽古に一層励むようになったが。」
 さあもう泣きやめと、太い指先が器用にの目じりを拭った。

、励めぃ。」

 それは最初に聞いた言葉と同じで、けれども最初よりも深く、強く、の胸を打った。
 変わろう。
 それはどこか、希望に似ている。
 変わろうと思った。
 自分の中の魔を恐れて、小さくうずくまるばかりでなく、自分の足で歩いて、恐れて閉じたままにしていた目蓋を開き、人になろうと。人の中で、恐れながら、怯えながら、人の振りをして、見られないように、見つからないように、傷つけないように、それ以上に傷つかないように、ただ息を潜めてやり過ごすのばかりではなくて。
 励もう。
 最初からこの人は、そう言っていたのだと初めての脳が理解する。
 人になりたいと本当に心の底から初めて思ったように思う。人になりたい。人でありたい。
 違う、人だ。だっての半分は、確かに人間なのだから。
 変わりたいと、かつてこれほど前向きにそう思ったことがあるだろうか。これほどまでに自分に対して、前向きな決意をしたことがあったろうか。
 すべてあの虎若子か、良い変化を連れてきた。
 うんうんと頷いたに、やはり愉快そうに、虎は笑ったのだった。