(おおはらえ) |
を取り囲む輪が、少しずつ、すこしずつ広がる。 虎若子で赤鬼の若武者、俺様だって人じゃないよ忍だものと事もなげに言ってのける忍隊の頭に、なぜ潰してしまったのです勿体ないと平然と告げてくる軍師様。やたら食べきれない菓子を持ってくる老将たち。それから炊事場の女中。代筆を頼んでくる会計方。弘様は儂の初恋でなあとしみじみ語る厩番。なんとか信玄公の酒量を減らそうと躍起になっている御匙とその御匙の厳命をどうすれば守れるかと一緒になって頭を抱えてくれるお小姓の藤丸。やっと全快した祖父も、躑躅ヶ崎の館へやってきた。良い顔になった、と開口一番嬉しそうにした祖父に、もまたお元気になって本当によかった、と心の底から微笑んだ。 うれしい、とは思う。 今までなら、こんなにもたくさんの人の目に自らが映ることは、恐怖でしかなかったろう。今でもなお、おそろしく、相変わらず憂鬱は、頻度こそ減ったが真夜中に彼女をふいに襲った。 それでもは、おそろしいことをおそれるのをやめた。 正確には、やめることはできない。恐ろしいものは変わらずに恐ろしく、力への怯えも恐怖も、消えることはない。けれどそれらばかりを見つめて、純粋にを見る眼差しからすら、逃れ、隠れ、怯えることを、やめようと励んだ。そうして開いていたつもりの眼を、今度こそもう一度、しっかりと開いてみると、館のそこ、ここ、あちこちにに向けられる純粋な目があった。 恐怖にばかり目を取られて、見過ごしていたものが多くある。 彼女に向かって伸びる手は、どれもが彼女を糾弾し、排斥しようとするものばかりなのではなかった。 生まれたときから晒されていた言っても過言ではなく、それと共に育ったと言っても良い恐怖を、決心ひとつで拭い去ることなどできない。それはもはやの根幹をなしていると言ってもよいもので、きっとこれからも、を一生蝕むだろう。骨と灰になっても、それがを成していたものであることに変わりはないのなら、悲しみも恐れもそこに残っているかもしれない。それでも。 それでもきっと、世界はそれだけでできているわけではないのだ。 それでもと思えることこそが、を圧倒的に変化させていた。 「、小鹿、」 そう言って呼ばう大きな手のひらがある。 「また手紙を代わりに書いておくれねえ。」 と嬉しそうにする笑顔がある。 「ますます弘殿に似てきて。」 に半分の人間をくれた人のことを、優しく懐かしんでくれる人がいる。 「もうさ、ちゃんからも言ってやってよ。」 ほとほと困り果てたように、それでも仕方ないなあと苦笑する忍の中にいる人間を知っている。 「殿、」 今日はなんだと八つ時には菓子の包みを下げて、幸村が来る。その時間に合わせて、茶を用意しておくのが楽しい。 だからはすっかり、忘れていたのだ。 目に見えていなかったW優しいWがこの世にはいくつもあるように、目を背けてきたW悲しいWもWおそろしいWもまた、変わらずにこの世にあること。 |