(うつつのゆめ) |
「―――殿、」 目覚めたばかりの眼差しで、彼は優しく微笑んだ。 枕もとにずっと伏していたが、呼ぶ声に慌てて彼の顔を覗き込む。目と目がカチリと合わさる。生きてる。ほうっと全身から力が抜けるのを感じながら、は何か話そうとしている幸村を覗き込んだままでいた。 夢から醒めたばかりのような顔で、幸村がの顔を見上げている。 「…夢を見ておりました。」 普段の彼を知る者なら、びっくりするような静かな、落ち着いた声音だった。 「躑躅ヶ崎の館で、誰ぞ、幼いおなごの細くなく声がするのです。心ない言葉に囃し立てられて、辛そうに泣いておるのです。それを聞くと、某は切なくて堪らなくて。」 ふ、と大人びた微笑をその顔に浮かべて、彼は言葉をそこで一度切った。 「どこで泣いているのだろうと探すのですが、館には誰もおらぬのです。ただ泣く声と囃し立てる声ばかり響いて、」 それはあの日のこだまだろうか。 「某は、一刻も早く、泣き止んで貰わねばと走って、走って―――」 ここに寝ておりました、という。 「殿、」 殊更に優しい、甘やかす声の響き。 「…また泣いておられるのか。」 真っ直ぐ見つめる瞳の、清廉なこと。 これは太陽の目だ、その光を閉じ込めた琥珀の目玉。布団の上に力なく垂れていた手が、、グ、との頬に、指の背で触れ、微かに涙の筋を撫ぜる。どうしてかそれに、咽び泣くほど、縋りつきたくは思った。 幸村様と、音のない風が娘の口から僅か漏れた。もう潰れきったその咽喉は、何も紡がないだろう。それでも呼んだ。呼ばれた。彼には分かった。 「泣かないでくれ。」 頼む、と彼が優しく苦笑する。 頷く。 けれど涙が止まらない。 「泣かないで、」 頷く。 はたはたと涙。手のひらでそれを受けて、虎の若子はそれを舐めた。びっくりしたの、目から一際大きな涙の粒が落ち、ハタリ。それきり。 しょっぱい、とさも意外だと言わんばかりに顔を顰めた幸村をまじまじと見つめると、甘いかと思ったのですと悪びれず、彼はなおも述べた。さあ。 「殿の涙は虎が食ろうてしまいましたぞ。」 だから、と彼が言う。 やはりまた、の目に涙が溢れた。食べたというに、とおかしそうに彼はわらって、 「泣くな。」 |