「ようこそ、セトラの最後の娘。 廃墟の街、懐かしき麗しの都へ。 なにをしにきた?」うつくしい獣は首を傾げる。 それは獣だ。この世とはかけ離れ酷く美しく、そして人では ありえない。その獣は、廃墟の門のてっぺんからエアリスを 見下ろしている。 その顔はほんの少し楽しそうで、エアリスに気づく先ほどまで は膝を抱えて、足指を退屈そうに指で触っていた。その爪先 まで流れる水のような髪に覆われ、獣自身うっすらと青い星明 かりを発して、輪郭をゆらゆらとうつくしく透き通らせている。な がいながい髪は、おそらく白いのだろう。だが、その先まで星 明かりが満ちているので、水色に見える。 濃縮された海色の睛が、緑を滲ませてエアリスを見る。 人間ではありえない具合の、虹彩のゆらめき。猫のものにも、 鷹のものにも、すこし似た形。まつげの先端で、星が瞬く。獣は、 ながい孤独を伺わせる、賢そうな横顔で、エアリスに対してとて も親しげに少しわらってみせた。 エアリスはずっとずっと会いたかったその生き物に感動してい る。やっと会えた。 「エアリス。私はエアリス。あなたが番人?」 エアリス。確認するように何度か名前を転がして番人 はわらった。 「エアリス。星の意味の名?…とても良い名だ。私は。 あなたの言うとおり、番人だ。 何をしにきたのエアリス、もはや、…いや打ち捨てられたあのと き あの瞬間から、この都すら安全ではなくなった。神聖な力を 失ってはいないけれど、ここにも厄災は手を伸ばす。 小さな子、もはや安全な土地などどこにもない。 ひとりで歩くなんて危ないこと。 はやくおかえり?なにか用があったの?」 歌うような節回しで、獣は上手に人の語を使う。 やさしい声音は、本当にエアリスを心配して、そしてあいしてい る。 「やらなくちゃいけないことがあるの。」獣はエアリスにゆったりと首を傾げた。その拍子に髪から耳が覗いた。人の形によく似てる。けれどうっすらと鱗に覆われて、貝の殻にも見えた。海の響きを聞くのだろうか。(いいや、私が懐かしむのはここを離れた民達の穏やかなわらいささやく声ばかり。波のように今でも小さくこだましている。)
「どうしても?」
獣はとても残念がって、さらに首を傾げる。だってこの子の微笑はあんまりきれいに透き通って、まるで死んでしまうみたいなんだもの。
「どうしても。」
緑の目をして、小さな(もちろん獣からみればね。)子は頷く。その目の光具合は、もうずっと昔にここを出た者たちと変わらずに優しい。緑の木漏れ日が、海に照ったらきっとこんな色だ。
こんな風に変わらないこともある。けれど変わらないのはうれしいことばかりではない。星の瑕を癒すために星の産んだ民は、きっとその目的を果たせば消えてしまうのだ。そういう風にできている。獣は随分長生きなので、それを知っていた。そういう風にして、もういくつもの種族は生まれ滅び星へ帰った。
だから獣はあきらめて、小さく息を吐いた。ずいぶん長いこと、彼女の種とは関わってきた。今まで幾星霜の年月を、数多の種族と過ごしたが、その中でも彼女達は、とても思い出深くいとしくそしてその友情は長く、それでいて短く、彼らは誰もが同様に儚かった。
「そう。ならば止めない。ここはあなたの都。
あなたを拒むことはない。
おかえり、最後の娘。
いとおしい子。」その言葉にエアリスがあんまり無邪気に笑うので。(噫。)(おやすみ愛しい子。)
「ただいま。。」
ただいまはさいごのときだ。
20070322