カチリ。 そう音を立てて彼女の目が開いた。住み慣れた自分の部屋の、見慣れた天井が、ひどくよそよそしく見える。 夢を見ていた。 上体を置きあがらせると、ぐったりと肩が重い。背中が冷たい汗を掻いている。締め切られたカーテンの向こうは真っ青に静かで、未だ夜も明けきらないようだ。かちり、かちり、と囁くような時計の音が、部屋中に満ちていて、ふいに彼女は、まるで知らない場所にいるような感覚を覚える。着古したパジャマのジャージも、掛け布団の縞模様も、壁にかけられた制服、すっきりした学習机、どれもこれも自分のものであるのに、違うと感じるのはなぜだろう。 機械のように首を回らせて、なんとはなしに眺めた時計は午前4時17分。 握りしめたままの手のひらが固まってしまっている。随分強張ってしまっていて、開くのにけっこうな労力を要した。こわいゆめ。 ひやりと冷たい汗が、こめかみを流れた。 こわいゆめだ、怖い夢を見た。 テッドの青い目が、憎しみと怒りを孕んで燃え上がっていた。ソウルイーター、と呼ぶ声が震えていた。テッドのことが好きだった。けれどテッドの方は違う。それはそうだ。不死の呪い、魂を喰らう呪い。愛した者を、愛してくれる者を、すべて喰らってしまう呪い。どうして恨まずにいられよう?きっとティルもそうだ。テッドと同じくらいに、それ以上に、彼女を憎むだろう。どうして、と呻く。どうして。あんなにいとおしい、こんなにいとおしいのに。どうして私は、なにもかもをこの腹に納めなければ落ち着かない? ぐう、と咽喉が鳴って、彼女はそこをおさえた。咽喉が渇いた。ベッドから立ち上がろうとすると、鉛のように重たい足がぐらりと縺れて倒れた。明け方の部屋にごつと重たい音が響く。下階の両親を起こすかと少しどきりとした彼女よりも早く、「ちゃん?」ドアの向こうで母の声が囁いた。 「…お母さん?」 応えるよりも早くドアが開き、眠っていなかったのだろう、母親が廊下のひかりの中に立っている。足元には毛布がテントの形に落ちていて、床に置かれたマグカップはずっと起きてそこにいたのだろうと思わせた。 なぜ? 首を傾げるよりも早く抱き起こされて、彼女はぼんやりと目を丸くする。 「どうしたの?」 「あなた学校で倒れたのよ。病院に行ったんだけど異常ないって…。」 でも起きないから、と母親が鼻を鳴らすのを少し他人事のように彼女は眺めた。眠っていた。いつから眠っていたのだろう。学校へは行ったろうか。いつから目覚めているのだろう。怖い夢、こわいゆめを見た。けれどもそれは本当に夢だったろうか。魂を喰らう呪い。それが彼女自身ではなかったか。そうして孤独なその紋章が、眠りながら見ている夢、それが少女で、それが自分で、それが今、ここ、ではなかったか? ぼんやりとどこかに目を凝らしだした娘に、母親は少し懼れるような表情を見せた。それがなおさら、彼女には自分があの呪われた紋章であることの証拠のようにも思える。 夢の中の母親にすら、おそれられる。 その思考は今度こそ、彼女に足元からどこかへ落ち込んでいくような恐怖を与えた。違う、違う。ここが現実で、あれは夢だ。夢で私は少女で―――ちがう、ちがう!ちがう! ふらりと娘が後ろへ体を倒した。上がった悲鳴ももちろん遠く、眠りの向こうへ聞こえない。 |
20130522 |