※騎士団をなんだろ、会社ぽく




 新しく騎士団に入ってきたホグワーツの卒業生で、わたしの下についたのはやたら血気盛んで威勢のいい、ジェームズとシリウスという二人の男の子だった。どっちも黒髪で、ふざけたことばかり言ってて、学生気分が抜けてないのかと思えば土壇場では冷静で、つまり中々優秀で憎めない面倒な後輩たち。これでへらず口がなおれば文句は無いのだけど。
 今日の任務も卒業したばかりの青二才にしては滞りなく済んで、褒めてあげようと思ったのに「シチミさん、今日、黒」「あっ蹴り入れた時だよな、俺も見た!」なんて後ろで言っているので、思わず閉口してしまった。ついでにため息をひとつ。
「どうしたんですか、シチミさん、ため息なんかついちゃって」
 メガネの方が、若者特有の、なんだろなあ、これ、ちょっとキラキラした笑顔を向けた。コートを羽織ながらじっと二人を観察してみる。ジェームズがジャケットを羽織っているのに対して、シリウスの方は未だ椅子に座って珈琲のカップを傾けていた。
「やだなアって思ってたの」
「何が?」
「こんな青臭いの面倒みなきゃいけなくてさ」
「えー、若くて可愛い後輩が二人も出来て、同僚に羨まれちゃうわ、の間違いでしょ?」
「外れを引いてくれたって感謝されたわよ」
「嘘だあ」
「それにあんたたち、すぐ死にそうなんだもん」
 ぎゃあぎゃあ言われたけれど、無視して騎士団の本部を出た。一歩外に出ると身を切るような夜の風が襲ってきて、わたしは慌てて厚手のコートの前を合わせた。いつのまにか帰り仕度を終えて付いてきた二人も後ろで叫んでいる。見ると、二人ともなんとも寒そうな格好をしていた。
「体調管理は各自で責任を持って。風邪をひいたので休みます、なんて許さないわよ」
「相変わらず厳しいなあ、シチミさん」
「そんなだから彼氏ができないんだ」
「あ、の、ね。当たり前のことよ。それに余計なお世話です。それと目上は敬いなさい」
 二人に向かってぴしゃりと言い放つと、シリウスとジェームズは顔を見合わせて「おおー」なんて歓声をあげている。最初は女だからって舐められているのかと思ったけれど、どうやら別のところで面白がられているらしい。くだらなさすぎて怒る気も失せるがちょっと殴ってやりたい。
 シリウスとジェームズは馬鹿でかいバイクに二人乗りで帰るらしい。たまに聞こえる騒音の正体はこれか、と半ば呆れつつ「事故るんじゃないわよ」と声をかけて通り過ぎようとしたら、どちらかに呼び止められた。
「歩き?」
 足を止めて振り返ると、エンジン音と風の轟音の中で、シリウスと目が合った。どうやら呼び止めたのはシリウスらしい。
「この風じゃ、箒には乗れないし」
 声を張り上げて、肩をすくめる。踵を返そうとしたら、ポンとヘルメットを投げられた。
「送っていきますよ」
 わざとらしい敬語で、人の良さそうな顔で歯を見せて笑う。少し、意外で目を見張ってしまった。出会って間もないわけだけど、シリウスって、こんな風に笑う人だったかしら。うそ臭い。それに、ジェームズと二人で絡んでくることはあれど、二人きりで話したことはなかったなあと思い、いつもセットで考えていたけれど、あらためてシリウス単体を見てみると、どんな人なのかは全くわからなくなった。優しいんだっけ。大雑把なんだっけ。お調子者なんだっけ。クールなんだっけ。
「……ジェームズは?」
 いくら大きいとはいえ、三人乗りは出来ないだろう。二人を見ると、シリウスがもの言いたげにジェームズを振り返り、ジェームズは含み笑いを堪えたような顔でバイクから降りた。
「知ってる、シチミさん。僕はこれでも学生のころ、飛行術のエースだったんだよ。こんな風、そよ風にもならないさ」
「へえ」
「それに、ちょっと乗ってみたいだろ?」
 確かに乗ってみたくないわけがないわけではない。ヘルメットとバイクとシリウスを順に見ながら、ジェームズと違って、シリウスは敬語に慣れないなのか、ところどころくだけた口調になるな、となんの気なしに思った。
「それじゃ、お言葉に甘えようかしら。ほんとに大丈夫なの、ジェームズ?」
「風邪ひいたら、看病しに来てくださいよ」
「あら、言ったでしょ、風邪なんかじゃ休ませてあげないわよ」
 ジェームズは短く笑うと、シリウスの肩を叩いて何事か囁き、本部へ箒をとりに戻っていった。わたしはシリウスに促されるままバイクの後ろにまたがり、ヘルメットをかぶる。
「ジェームズは何て?」
「え?」
「さっき」
「ああ」
 歯切れが悪いままはぐらかされて、轟音とともに車体が浮き上がる。ぴゅうと吹きすさむ風と共に夜空の星が瞬いた。予想外の動きに驚いて、わたしは思わずシリウスの背中にしがみついた。
「えっちょ、これ飛ぶの!?」
「あれ、知りませんでした?」
「ごめん! シリウス、ちょ、だめ、降ろして!」
「嫌ですよ、面倒くさい」
 風が酷いから箒に乗れないのではなく、わたしはもともと高いところが駄目で箒に乗れないのだ。だけどそんなこと、後輩の、しかも人を舐めたような男の子なんかに絶対知られたくない。だけどやっぱり、背に腹は変えられない。
「わたし、高いとこ駄目なの!」
「へえ」
「ちょっと! シリウス!」
 笑いを堪えたような声に、言葉とは裏腹にこいつ絶対面白がってる、と思ったけれど、すでにバイクは三フィートくらい上昇していて、わたしは観念してシリウスにしがみついた。
「降りたら、わかってるわね。覚悟しときなさいよ!」
 シリウスはことのほか楽しそうに笑って、わたしは暗闇の中で「楽しみにしています」という笑いを含んだ声を轟音と一緒に聞いた。次に目を開けたときはわたしの家ではなく、見慣れぬ小高い丘の見える空の上で、足の下に見えるおもちゃみたいな街並みにわたしは息を呑んだ。まるで海だ。上も下も星の海。家々の明かりと夜空の星明かりの区別が曖昧なままぎゅっとシリウスの背中の服を握り締めると、わたしは彼の背中が意外と広いことに気づいた。









2008 12/15 シチミさんお誕生日おめでとうございます!