「桂さん。」 とがわらう。
だので桂は少しほほえんでその笑顔を見返した。
とてもとても、穏やかな日だ。いつまでもいつまでも、って、しあわせな物語のおしまいのように、続けばいいな。ふたりの願いの輪郭はよく似てる。
雨が降る、風が吹く、光が霞む、日が昇る、雲がゆく、空が染まる、虹が照る、月が出る、星を呼ぶ。
毎日毎日を隣で、遠くの誰かに手紙を書くようにしてに綴っていけたらすてきね、っ
てがほほえむから、桂は明日も明後日もしあさってもその先の先も、に、(そして贅沢を言うなら自分にも)変わらずに日々が届けばよいのに、と考えて少し優しい心地になる。
そう、そういう具合に、日々を綴ってゆくのだ。ふたりぼっちで。そしてそのふたりぼっちの世界に、時折銀やら金やらの星屑や赤や青や空や海やの輝きを添えて。
がわらっている。さいわいを呼ぶ声だ。桂は目を細める。その手のひらに閉じ込めるように、の小さすぎる手を繋いだ。
子供じみている?それで満足している。
明日も明後日も、小さなしあわせを飾ろう?花のように。日々の隙間に敷き詰めよう、それに埋もれるように。そして守ろう、その明日を。祈ろう、そのいのちを。抱いて歩こう、日々のあかりを。
なにかをよろこばせたくて、桂は周りをぐるりと見た。 蕾がひとつ。春の花がひとつだけ咲いてる。もう春ですよ季節はまた巡りやってきたのですよ、と控えめに宣言
している。 明後日になれば一面あの花に溢れかえるのだ。春を賛美する歌を振り撒いて。
桂はそおっと手を伸ばすとそのやわらかい枝先をぱきりとやさしく折る。
花がかわいそう?それは人のエゴだ。有難うと念じながら、花を摘めば良い、そう少し考える。
「。」
かすかにほほえんだまま、桂がに細い枝を渡す。わあ、とは声をあげてうれしそうにわらった。
「春ですねえ。」
「ああ。」
少し目を細めて桂は頷く。春の匂いがする。
枝を包んだ小さな手のひらをが胸の前で握りしめる。帰ったら飾りましょうね、大事そうにわらう。
ほら、この花はかわいそうなんかじゃない。
桂はこっそりふんと鼻を鳴らした。
この花はもうふたりに特別で、大切だと世界に宣言されたのだ。の手のひらと微笑によって。
帰ればこの枝は、の気に入りのかわいいソーダ瓶にさされて日向の縁側で桂とに挟まれて桃色の日光を浴びる。枯れればが有難うと言って土にかえすだろう。
(それのどこが、かわいそうでふしあわせなんだ?)
桂はわらう。これもまた人のエゴだ。
でもいいではないか、今は春で、そして桂もも人間だ。それでいい。桂は思う。人のしあわせを構成するものを、彼は知っていた。
帰ってお茶にしましょう、とが言うので、桂は頷くとゆっくりゆっくり歩き出した。
ふたりが春の河原を下ってゆく。日向の光をいっぱい吸い込んで爪先まで春の匂いに浸りながら。
春の空を鳶がピョロロロと鳴いて、うまい具合にピリオドを打ったので、さあこのお話はもうここでおしまい。
春は優しい朱鷺色の瞳/初めての呼吸はやわらかな日向の匂い。
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