。





「…鬼だ。」
 ぽつん。とそれは、本当に驚いた、と言うような独り言だった。
「鬼がいる。」
 その声に見上げると、高い杉の枝の上に、子供がひとり、膝を抱えて座り彼を見下ろしていた。その目はまんまるに見開かれ、その金の髪を見ている。
「………天狗か。」
 その言葉に今度こそ、その童子は目をまんまるにした。
「目が青いぞ。」
 童子が言う。その目は金色をして、興味深げに彼を見ていた。そこに畏怖や侮蔑は感じられず、ただただ子供特有の、好奇心だけがきらめいている。その薄い背なの、烏じみた小さな羽が、それが異形と告げていた。
「青い目だ。」
 枝の上から器用に覗きこんで童子が告げる。
「…ああ。」
 だから彼はうなずいた。
 鬼。今はもういない。
「鬼の目だ。」
 童子が重ねて歌うように笑う。
「あっちにある目、なにか知ってるか?」
 いいや、と穏やかな調子で男は首を振った。仔天狗の無邪気さは、煩わしくはない。
「淋しい死霊の目だ。」
 童子が指さしたのはずっと深い森の陰。
「…誰かいるのか?」
「もうずっといる。」
 くすくすくす、と童子が笑う。天狗の子供が、樹上で笑う。
「あと三べんほど月が巡れば、鬼も食らうほどになるかもな。」
 童子が笑う。肩を揺らして楽しそうに。
 彼は森の奥の暗闇に目を凝らした。闇は黒く滞ってそこにある。気が淀んでいるのを感じる。森の奥。童子の幼い指先が、無邪気に告げるその通り、そこにはきっと、悲しいなにかがいるのだろう。
 鬼が動いた。
 暗闇のほうへと、足を進める。
 童子は不思議そうに目をくりくりさせて、樹上から声をかけた。
「行くのか?」
 鬼は答えず、しかし背中で頷くようなそぶりを見せた。童子はきょとんと、その背中を見やって首を傾げる。
「おーい鬼、喰われてしまうぞ。」
 鬼は答えない。ただやはりその背中で、少し笑ったようだった。
 変なやつ。
 童子が呟いて、どんぐりをポオンとお空に放る。そうだな、もし、無事に帰ってきたら――。どうしようかと考えて、それから考えるのをやめる。帰って来るにしろ来ないにしろ、まだそれまでには十二分に時間があると、彼には思われて仕方がなかった。だってあんなにも凝り固まって大きく張り切れんばかりに膨らんだ死霊なのだ。
「あいつ、帰ってくるかなあ。」
 シマリスに少し唇尖らせて尋ねると、そんなのは私の知ったこっちゃありませんよ、とかわいい頬袋いっぱいにして彼は首を傾げるだけだった。
200812??