「…光彦さん。」
「…何も言わないでください。」
「…言わずにはいられません。」
「…すみません。」
今光彦とが立っているのは、騒々しい刑事室の片隅である。入り口の近くにぽつんとふたりで小さくなって並びながら、ふたりはこそこそと話し合っている。
バタバタと忙しく動き回る刑事部の人間たちの中では、光彦との服装はひときわ浮いて見えた。一目見るだけで物がいいとわかる光彦の上質な仕立てのスーツとのワンピース。
せっかくのお出かけだからと新調した白い革のパンプスの丸いつま先を見つめて、はため息を吐いた。
「せっかくのお出かけでしたのに…光彦さんの変な性質のせいでこんな目に会うなんて。」
「…お出かけって…ちゃんが勝手に着いてきたんじゃないですか。」
「…。」
思わぬ光彦の反撃に、はその台詞に目をふよふよと泳がせた。

光彦の変な性質。名探偵の宿命なんて言うのはずいぶん名誉な言い方で、実際なんて傍迷惑な性質だろう。取材に出る先々で殺人事件に出会うという、彼の母親に言わせると困った因縁体質、である。

まったく困ったことだ、とは考えながら、ぐるりと部屋を見渡す。胡散臭そうにこちらをチラチラと見ている刑事にうんざりしたようにもう一度ため息を吐く。
「光彦さん、早く陽一郎兄様にお話しして帰していただきましょう?」
「兄さんに最初から迷惑かけるわけにはいきませんよ!」
「最初からって…光彦さんさてはまた!」
事件に首どころか手も足も突っ込む気ですね、とが食ってかかろうとした時だ。さっきまではいかにもな疑いの眼差しをこちらに向けていた刑事たちが、あわてた様子で駆けてくるのが見えては仕方がなく口を噤む。
それにほっとしたのもつかの間、光彦にとっては、調査への警察の協力を得るには必要不可欠だがとてもうんざりな、いつもの会話がこれから繰り広げられるわけだが。
「浅見刑事局長様の弟君とは露知らず!失礼いたしましたァ!」
あーあ、とは隣でむすっと押し黙る。
まったく死体を目の当たりにしてショックを受けている女の子を隣にしながら、光彦の頭の中はその死体でいっぱいなのだからどうしたものか。
新しいワンピース。彼が取材で行く予定だった海辺のレストラン。
なんのために子供のように駄々をこねて行きたい行きたいと同行の許可をもぎ取ったというのだろう。「ちゃんよっぽどここの料理が食べたかったんですね。」などという行きの電車内での的外れな光彦の笑顔を思い出すほど憎い。
(あーあ。)
次々頭の隅っこに浮かんでは消える楽しかったはずの予定をひとつひとつ×で消しながら、いったい何回目かわからないため息を吐く。
それにのブローチの金色の小鳥が仕方ないよと笑った。
話しはを置いてきぼりにずんずん進んでいるようだ。
「ぜひとも調査に協力していただきたい所存で〜」
ああ本当につまらないわ、と考えながら、は曖昧に微笑む。


帰ったらおばさまに言いつけてやります。

名探偵とワトソンさん

光彦さん。これ、なにかしら?」
「…え?…ちゃん!これはすごい発見ですよ!」
「えっ、そ、そうでしょうか?」
「ええ!早速刑事さんに見せに行かないと!」
「少しでも光彦さんのお役に立てるならこれくらい…って、光彦さん?」

「…光彦さーん。」
20080119