私は森を出て、そして騎士として立派に務めたいのです。
 子供は心の広く、勇敢な青年に育ちました。みずからの息子のようにかわいがってきたディルムッドが、森を出ることに妖精たちは悲しみましたが、また運命を信じてもいたので、青年が森の中、妖精たちと楽しくひっそりと生涯を終えることがないことももちろんわかっていました。
「ああ!本当に行ってしまうの?私たちのかわいいディルムッド!」
 惜別の時もやがて過ぎ去ります。妖精たちはそれぞれの持つ魔法の力で、それぞれの魔力の丈に見合ったささやかな贈り物をしました。妖精の王たる若さと美を司る神は、彼に闊達な心と健やかな美を送りました。その妻である白鳥の女王は、羽のように軽やかでおおらかな優しさを、或る妖精は闇を恐れぬ勇気を、或る妖精は騎士たるものの所以たるあらゆる馬との友情を、或る妖精は敵を打ち砕く強さを…そういった風にさまざまな魔法が彼には送られました。そうして最後に残った一番年かさの低い妖精の番には、ほとんどの贈り物が送りつくされたかのようでした。
 旅立ついとおしい子供の前にたった妖精の乙女は、少し困って微笑しました。美しい金の髪が、木漏れ日のようにさらさらと肩から毀れておりました。
「まあ、いったいどうしたことでしょう。」
 素直にその妖精は申しました。
「わたくしたちの持つすべてのささやかな幸福の魔法は、みな、あなたに渡し尽くされてしまったようですね。」
 その言葉に彼も快活に微笑みます。
「もう十分にたくさんのものをいただきました。」
 だからもうよいのだと優しく笑った子供に (もちろんもう青年の形をしておりましたが、妖精たちにとってはいつまでも、彼はかわいい子供だったのです)、いいえ、と慌てて年若い妖精は首を振ります。彼が拾われるまで一番の年少だった彼女にとって、ディルムッドはそれはそれは大切な、我が子とも弟とも知れぬ、大切な子供なのでした。
「お別れですもの。どうしてもあなたに、なにか差し上げたいのです。」
 困ったなあ、とディルムッドはちっとも困っていないように笑いました。
「では最後の贈り物に…お別れのキスを下さいませんか。」
「まあ!」
 それは子供の、屈託のないお願いごとでした。欲のないこと、と妖精たちがおかしそうに笑って、「言われなくとも千の、万の、幾つものキスを毎日あなたに送りますよ。」 そう言いました。
「さようならです。」
 妖精たちが順々に、彼の髪や額、頬、目蓋、鼻、口端に別れのくちびるを寄せます。そうして最後に、やっぱり贈り物の思いつかない妖精の番が来ました。
 うつくしく育った子供。
 仲間たちからキスを受けるディルムッドを眺めながら、彼女はずっと贈り物を考えていました。この森から出て騎士となり、彼はきっと立派に武功を立てるでしょう。そうしていつか、美しい人間の娘と恋に落ちて―――少し不思議と胸が痛みました。しかしすぐさまその小さな氷の棘のような痛みは暖かい日の光に溶けて消えて―――妖精は思いつきました。どんなに美しく気高く勇敢であっても、報われない恋物語の数々を彼女は聞いて知っていました。自分たちのかわいい息子が、そんな辛い思いをいつかすることになると思うと、哀れで胸が震えました。こんなにも立派で、心優しく美しい青年なのです。ですからいつか、彼が恋した娘に、必ず彼が報われるように。決して彼が、その乙女の心を逃すことのないように。そう、だってこんなに、すてきに育った彼女たちの息子なのです。きっと世界中の娘たちが、夢中になるのに決まっています。
「さようなら、。」
 年の一番近い、母親のような姉のような、時折妹のようですらあった妖精の乙女の頬に、ディルムッドは親愛をこめて口を寄せました。彼女の瞳は、妖精たちのなかでも一等真っ青にきらきらと輝いていました。それも今日で見納めと思うと、少しばかり寂しくなります。
「ああ、ディルムッド、わたくし、贈り物をおもいついたわ。」
 うれしそうに、くすくすと妖精が笑って、子供の肩に腕を回しました。

「さようなら、かわいいディルムッド。」

 妖精の口付けた頬に、小さな黒子が約束の証のように残りました。
20111229