どれくらい眠ったのか。 彼はその実、ちっとも眠ってなどいませんでした。覚醒と睡眠の狭間で、ただひたすらに己の所業について悔いていたのです。幾ら彼の今までに立てた武功やその美しさが天にまで届くほどのものであっても、彼は"かつて一度裏切った者"なのでした。自らの過ちによって主の怒りを買い、そのことにすら気づかず、最後の最後で同じだけ、いやそれ以上の報いを受けた。 長い永い時間、彼は悔やみ続けていました。 どうしてあの時あの手を取って、どうしてあの時誓いを結んで、愛してなどいなかったのに―――愛など知らぬ、彼は妖精に育てられた男。年かさのずいぶん離れた王と婚姻を結ぶこと定められた若い娘の哀れな嘆きと熱い恋慕の情に絆されたに過ぎない―――いいや、あれは脅迫ですらあった―――彼はそう確信します。王女は魔法の力を持っていました、一人目の騎士があの女の願いを拒み、そうして彼も、一度は拒んだのです。 噫、どうしてあの時もう一度、同じ言葉を繰り返さなかった? あの手を振り払い、我が主は素晴らしい方です、確かに年は離れているかもしれませんが、あの方の優しさ、気高さ、美しさは老いてなお衰えることはありません。どうぞあの方の御心に一度触れて、それでも駄目ならば考えましょう、けれど、噫、グラーニア、あなたは花嫁に選ばれた、その責を決して放棄してはなりません。 その言葉にメデュサのように目を怒らせたあの美しかった娘は告げたのでした。 『私を連れて皆が起き出す前に逃げなければ…破滅―――そう、破滅が訪れるであろう。』 あのとき確かに、王女は魔女であったのだ。その恐ろしい呪いに彼はその手を取り逃げ出した。破滅、破滅だなどと―――その座には彼の敬愛する主に騎士たちがみな揃っていた。 他にどうする手立てがあっただろう。 女の招く破滅を恐れずに、あの場でやはりあの手を取らずにいれば、彼は最後までその栄誉と栄光とに一片の曇りもない真の騎士でいられたろうか。 そうに違いない、そうに違いないと彼は考えます。 彼の知っていた女たちは―――妖精たちは決して、あのように恐ろしくなどありませんでした。魔法を使ってもそれはいつもささやかなもので、彼に幸福ばかりを齎したというのに。あの女こそ魔女でした。魔法の力で彼を脅し、唆し、誘惑した女―――彼に忠義を貫くことを許さなかったあの女! 噫どうぞ許して。 彼は存在しない喉で呻きます。 次の生こそは必ず、必ずあなたを裏切らない。決して、決して! ふいにそのあるはずのない耳が音を捉えました。呼ぶ声…言葉…いいえ違う、これは呪です。魂をひとのかたちの器に絡め取ろうとする―――。 彼は一度抵抗の素振りを見せました。自らの過去に懺悔し後悔することに忙しかったので。しかしはっとそのひそやかな声の中に混じる単語に気が付いて、意識を力の向かってくる方に移します。 かなえよ―――、 声、声です。それは紛れもなく、上に立つものの、配下の騎士に堂々と命ずる、主たる威厳に満ちた声でした。 かなえよ、わがのぞみ、せいはいを、このてに―――。 あなたこそがつぎのあるじか。 彼は目を開きます。美しい紅玉石の、魔性の瞳を。 |