これは神が私に与えた試練であるのだろうか。
 彼は途方に暮れてすらいました。主と若く美しい許嫁と自分。その構図はかつて一度目にしたものでありました。けれどもそれすら、彼の忠節を挫くには足りぬものでした。彼は死してなお深く深く決意していたからです。もう決して、主を裏切らない、裏切るまい。それこそが彼の信念、彼の支え、彼の魂の存在意義でした。その後悔、そしてそれに基づく新たな決意のみが、彼を彼たらしめていました。
 しかしどうしてこうも、まるでかつてあった神話をなぞる様に、この世界に物事が配置されているのでしょう。仕えるべきその忠節を捧げるに値する主に、若く美しい婚約者 (そして彼女の興味は主にはない!) 、そしてかつてのままの自分だ。この胸にあるのは今度こそ、今度こそという必死な思いだけです。
 我が主に聖杯を捧げる。
 そのことで初めて、許されるような気がしていました。
 そのために彼の持てるすべての忠義を新しい主に捧げ、持てるすべての力を用いてこの闘争を勝ち残る。
 それこそが贖罪のたった一つの方法であると、彼は信じていました。主からの信頼をなかなかに得られないのも、すべては彼の生きていた時分の過ちが、幾星霜の年月を経たこの時代にすら、不義として伝わっているからです。かつて一度主人を裏切り女と逃げた騎士。それが主からの彼への評価でした。例えそこに女からの脅迫や呪いがあったとしても、彼が多くの騎士たちに慕われ、彼を見限り女を選んだ主が後々まで騎士たちから冷ややかな目で見られたことも、すべて書物として伝わっていました。それでもなお、不義を働いたのは彼に相違なく、それこそが罪なのでした。新たな主の許嫁もまた、彼の黒子の魔力の虜、それを知る主が、彼を快く思わぬことは仕方のないことです。
 多くを望んではならない。
 彼はそう己に語りかけます。
 二度とは与えられぬ機会を、俺は俺のまま、俺の意識と形を保ったままに得た。新たな主。仕えるに値する立派な主だ、その主の信頼を、最初から得られるなどとは思ってはならない。なぜなら俺は、不義の者としてその名を知られてしまっているのだから。
 彼は再び得た手のひらを握りしめます。
 幸い彼が、女に心動かされる心配はありません。後はただひたすらに義を尽くし、そうして聖杯を主に捧げて、初めて彼はまったき信頼と感謝とを主から受けることができるのです。そのためなら。そのために。そのためにこそ。
 彼はかつて共にあった槍を再び握りしめます。
 闘争の時です。
 彼は己の勝利を信じていました。なぜなら彼は愛されているからです。彼は愛されていました。若さと美しさとを司る神、そしてその配下である美しい妖精たちに、数多の贈り物と愛情とを与えられた勇猛果敢にして心優しい騎士だったのです。たった一度の過ち(それも脅されてのことでした!)によって、彼に下るべき正当な評価は失われました。しかしそれも当然のことと、彼は今もなお悔いているのです。
 あの時、あの時だ。
 彼が人生を誤ったその時その瞬間を、彼は変わらずに、睨み続けています。

20111230