「愛していたのでしょう?」
女の指先はあまりに優しく彼はみじめだった。
「…そうだ。」
「愛しているのでしょう?」
女の微笑みはあまりに優しく、聖母のよう、彼に縋る以外なにができただろう。
「…そうだ、そうだ…そうだ。」
そのほっそりと色の透けた手のひらにしがみついた。彼女はほほえんで彼の背を撫ぜた。それに嗚咽を堪えることなど何人たりともできはしない。
「ああ。そうだ、…そうだったよ。愛している。」
愛しているから憎かった。愛しているから許せなくて、愛しているから。愛している、愛している、愛している 。
男の言葉はあんまり苦く、小さく舌の上で転がって消える。 あまりに苦しかった。胸を掻きむしり肺を焦がす、この思いを誰かに訴えたかったのだ。
愛している。愛している。愛している。
だからこそこんなにも憎い。
ああ貴女たちが憎らしい。我が友と思ってこそだったのに。今でもそう、思っているよ。愛している。
愛も憎しみですらもかなわぬほど、愛している、深く。
男は一度涙の代わりとでも言うように深くため息を吐く。それはあまりに暗く、陰鬱で、人間の吐息ではきっとありえないのだろう。
男はもはや、人ではなかった。
だからこそこんなにも、(愛している愛している愛している)(お前が、あなたが、憎らしい)彼は愛と憎しみに深く深く囚われているのだ。
男はもう一度、女の手の甲に額をこすりつけた。何かを請うつもりで。しかし何を乞うているのか、何が望みなのかもはや彼には朧だ。ただ、ただいとおしくそして憎らしい。
女がうっすらと微笑む。
「ぶきような人。」
そうだどんな時でもそこにあったのは不器用な彼なりの精一杯の優しさで傷つけるつもりなんてひとつだってなかったのに。
共に笑い共に泣き。ああそれが平穏なのだろう?その薄い手の甲に手のひらを重ね合わせるように、静かにふたりで時を重ねる、それが泣きたくなるような彼の求めてやまないこうふくだった。
彼はそれが欲しかった。
彼はそれだけ欲しかった。
永遠などない。知っている。けれども彼は、それに変わるものが欲しかった。愛している、と囁く優しい腕、伏せた目蓋の下の微笑み、細波のように寄せる声。
私は或る女を愛した、まだ私が人であった頃。今私は生物だ。私はグール、化け物だ。人を喰らいその血肉を啜る。私は悪魔。歌え讃えろわが歌。破壊の戦慄だ。打ち壊せ全てを。そして全てを愛している。愛のまま打ち壊せ、憎め心を超えて遥かに。
ふいに表情を失って、男が青白く透き通った美しい顔を上げる。
女はまだ微笑んでいる。
「あなたの愛した方たちによろしく。」
「…なんとお伝えすれば?」
「お任せするわ。」
女がにっこりと微笑む。
「さようならEDMONZ」
「さようならマダム。」
男が女の薄い手の甲に恭しく口付ける。
「あなたに幸運があるように。」
悪魔の祝福などたかが知れている。後に待つのは、
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