やわい命だ。
どうして、どうしてなのだろう?どうしてこの娘の命を、こぼれた砂を掬い取るようにピンで絵はがきを壁に止めるように蝶の柔らかな心臓に針を刺すように、留めおくことができないのだろう。人間は死んでしまう。あまりに儚い生き物だ。しかしこの娘が人間であるということが、彼には悔やまれて仕方がなかった。
なぜ。なぜ?お前は死んでしまう、私の目の前で。
「人を止める気があるか?」
その一言、立った一言を訊けばいい。
答えなど知らず、その美しい首筋に歯を突き立てればいい。
そう、それだけで。それだけで。
何を恐れることがあるだろう。彼は怪物。物語の中の化け物。ならばそれらしく、振舞えばいいのだいつもの通りに。傍若無人なサーヴァントとして。簡単なこと。その美しい人の手を引いて。ほんの少し、力を加えるそれだけでいい。容易く世界は転がり落ちて、娘は時を止めるだろう。導けばいい。物語の頁を繰って。月に歓喜の悲鳴をあげて、太陽を望まないで。血を追って首を狩って。闇夜に目を凝らし星を貫き留め山々を足の下に空を手のひらに。死神とダンスをしよう。悪霊たちが森の影で笑いさざめいている。なんというメルフェン。
さあ、美しい人の手をひいて。頁の赤暗い影を泳いで。
彼はその口端を持ち上げてみる。真っ赤な舌。
しかしその笑みはすぐに忌々しげな舌打ちとともにかき消されそして残るのは彼の不機嫌そうで退屈な無表情ばかり。その耳にこだまするのは彼女の心音ばかり。脈打つ心臓のやわらかな一定のリズム。
彼は嘲笑う。全て皆惰性。お前は憂うのか、カーニバルのその後で?
そうしてヴァンパイアはいつだって退屈を持て余している。彼の目はまだ笑わない。
Such a fantastic World 20071227