時刻は真夜中。真夜中は美しい。
漆黒の袂で、踊るのだよ。お嬢さん。真夜中だ。今夜は満月だ。赤い月が昇る。赤い月は美しい。虫唾が走るほどゾクゾクしている。楽しい楽しい楽しい――愉快だ。愉快な真夜中がやってきた。柱時計が行進を始める。夢幻の庭への通路が開く。まぼろしの少女が現れる。真夜中。真夜中だ。待ち侘びた歓喜の時間。ひらかれる狂喜の宴。
さあ始めよう。楽しい楽しい宴会だ。
待ち侘びたよ、この時を。さあ愉悦のとき。解き放て、すべてを。化け物の時間だ。恐怖のパレードだ。真夜中は我々の時間だ。
「お手をどうぞ?お嬢さん。」
にやりという笑み共に、手袋をはめた右手がうやうやしく差し出される。その朗々と歌うような低い声の、尊大で余裕綽々の嫌味な響きったらない。
それに対して、レディ、と乞われた方の娘は、口端に、男と同じ類のニヤリという笑みを美しく貼り付けてその手をとった。細い手のひらは、男の手のひらにすっぽりと収まる。
ニヤニヤと笑いながら、二人は滑るように冷たい石の広間を歩いた。青白い水銀灯の光が、石造りのホールを仄かに照らしている。なんとも不気味で、美しい。
広間の中心だ。足音を立てず歩く種類である彼らであるにもかかわらず、ふたりはわざと、一度大きく踵を鳴らした。男の立派な黒い靴と、女の華奢な黒いヒールが、同じような、まるで鐘でも落としたかのような音を伽藍に響かせた。その残響が、ウロンウワロンとこだまする。それがすうっと静寂(しじま)に解けて消えるまで、二人は手に手をとったまま黙っていた。その間にも、ニヤニヤという厭らしい笑みは止まらない。
完全に広間が静まり返るのと、同時。二人の手は離れた。数歩離れて向かい合うと、お互いはお互いを初めて会ったかのようにまじまじと見つめた。
「始めようか。」
男の方が言った。
真夜中のように真っ黒な髪、その顔色はぞっとするほど白い。その目だけが。赤く、今夜の月のようだ。皓皓と光を発している。吊り上げられた口元からこぼれる小さな牙は、まるでこの日のために研磨されてきたとでも言うように、白い。室内で帽子にサングラスだなんてナンセンス。そう言う女の主張により、今夜の彼はその美しく怖ろしい顔を隠してはいない。さらには女のわがままにっより、きっちりと正装している。彼女曰く、中身がド変態でどうしようもない愚か者でも着るもの着れば見栄えはする、らしい。タキシードにシャツはしっかりと赤いカフスを嵌めて、さながら舞踏会の紳士然である。普段なら少し猫背気味の背中を、珍しくシャンと伸ばしている。それほどに彼は今、とても、昂っているのだ。
「ええ、始めましょう。」
後ろでまとめていた長い髪を解いて風に流すと、女が答えた。同じ色の黒髪と、同じ色の目。(おっとそんな目で見ないでくれゾクゾクする!)男の愉快そうな笑い声を軽くいなすと、女はその白すぎる頬で笑った。真っ黒な細いシルエットのドレスは、真夜中の空のようだ。首と、それからむき出しの細すぎる肩から腕の白が、この暗闇にぞっとするほど映える。高いヒールの爪先で、あらゆるものを知らずに踏みつけるのだろうというような、とろけるような微笑を女は浮かべている。おお、塵溜めの聖女かそうでないならば神国のペルセポネのようだ!男の馬鹿馬鹿しい知恵のない戯言である。その細い体でまっすぐに立つ女は男と対であるように美しく、同じように浅ましい。
沈黙が降りた。
二人が同時に、目を見開き、口が裂けるほどに。笑う。男が懐から鈍く光る重たい拳銃を取り出したのも、女が懐から鈍く光る冷たい拳銃と取り出したのも、すべて同時だ。悲鳴ともつかない歓喜の声をあげるのも。
「噫、噫噫 愉快だよ!なんという歓喜!さあ私のこの首を落として見せろ!喉元に喰らいついて見せてくれ!」
「あっはっはっはっは!このド変態め!お望み通りにしてやろうじゃないかアーカード!ほら腕がふっ飛ぶよ!」
二人が高笑う。
パアンと乾いた銃声が互いの肉を穿つ。それでなお、二人は笑い続ける。笑い続ける。おそらくその首が落ちても、笑いが止まることはない。それを望んでいるのかもしれない、笑い続けてその首が落ちるのを。世界は退屈だ。宴を始めよう。銃声は重なって重なって広がる。落ちる。揺れる。唸る。軋む。歪む。叩く。響く。低く。高く。血で血を洗う宴だ。吸血鬼の闘争だ。愉快な愉快な真夜中だ。
「ああやはりお前は最高に美しいよ!」
その言葉に女は答えることはなく、ただ頭に絞られた照準のまま、ニヤリと笑って引き金を引いた。
Black Night Parade 20080910