「メリークリスマス!まったくもって忌々しい、この日に乾杯と行こうではないか、?」
吸血鬼がカッカと真っ赤な口を開けて笑った。手にはグラス、ロゼよりもっと芳醇な、真紅の血でそれは満たされている。
冷たい石の玉座に座り、吸血鬼の王は室内であるのにいつもと変わらず帽子もサングラスも外さないまま、一息にそれを呷る。その色つきのレンズ越しに、金の目玉が抜け目なく自らのほうを観察しているのを感じて、と呼ばれた女吸血鬼は目の前に置かれたグラスを取った。
世間は世に言うクリスマス。この世に神の、噫そうとも、あの忌々しい光の権化の生まれた日をお祝いしている。とてもその日に乾杯するような酔狂な気分にはなれない――というほど彼女らはセンチメンタルでも繊細でもなかった。図太い彼らはお祭り騒ぎに便乗し、楽しい晩餐会を執り行っていたのである。しかし彼に言わせればそんなのはまだささやかな部類で、彼女の知り合いの、幼いままの姿をした吸血鬼なぞは、毎年クリスマスにはテディ・ベアを強請ったし(今年でかれこれ、300個目くらいにはなるだろうか?)、その兄はこの日ばかりは派手に女の子を攫った。(ほらかわいいもんだ我々なんて!と飼いならされた二匹の言い分。)
二人のいつ地下室の真上では、盛大なクリスマスパーティーが開かれており、彼らの主人が退屈な社交辞令にうんざりして、とっととこちらへ降りてきたがっているのも知っていた。主人は女吸血鬼と、他愛のないお喋りに興じたいのである。そのほうがよっぽど、彼女の情操にはよろしい。
「ツリーに電灯、ベッドには靴下!ドアにはリース、ヤドリギにキス!まったく馬鹿げたお祭り騒ぎだ!馬鹿げたことこの上ない!」
愉快そうに笑いながら、男がふたたび血を呷った。女も静かに、グラスの縁に口をつける。その様子を男はねっとりとした視線で見つめている。しかしながらそれでもやっぱり、その視線は乾いていた。とっくの昔に徹頭徹尾、お互い死にきっているから仕方がない。番の化け物は聖夜もとても退屈で楽しくて仕方がなかった。闘争、という暇つぶしすら、彼らは厭いている。それになぜだか今夜ばかりは、血で血を洗う狂宴で、退屈を凌ごうとは思われない。
そういえば、と女はふと思い出した。地上では雪が降っている、と先ほど執事が笑って告げた。
「ねえ、アーカード。」
めずらしく、いや、久々にと言うべきか。女が穏やかに、男の名を呼んだ。(いつもは大抵、変態だのド変態だのなんだのと番にたいして穏やかではない物言いが多い。)
「私久しぶりに雪が見たいわ。」
この間任務で外に出たとき見ただろう、とは男は言わなかった。なんだかんだでこの吸血鬼、物の道理はそれなりにわかっている。
「ではディナーが終わったら散歩と洒落こもうか、フェア・レディ。」
その言葉にのほうがくつくつと笑って、その拍子に耳たぶの宝石がゆらゆらと揺れた。男のほうと違って、服を取り替えるのが好きな彼の番は、今日はクリスマスだから、と関係ないのに美しいドレスを着ている。彼女曰くそれくらいしか楽しみがないのだ。屋敷には彼らの主人のためにあつらえられたドレスが――
一度も袖を通されることも日を浴びることも取り出されることすらなくクロゼットで泣いているものだから、彼女が自由に扱っていた。細すぎる彼女には、彼らの華奢な主人の服はまだそれでも余ったけれど、着られないほどではないし、主人に頼めば1ダースほどドレスが贈られた。(そう、彼らの女主人は雌の化け物を大層気に入っている。)
「じゃあコートをとってこなくちゃ。」
そういって笑った女の頬は少女のようで、珍しく男吸血鬼はそのままその頬に噛み付いて口付けて出かけなくてもいいなと思い、普段とは違う喉の渇きに少しだけ笑ってもう一杯と杯を重ねた。
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