「お前は本当に美味そうにものを食う。。」

 言われては、口いっぱいに小龍包をつめこんだまま顔を上げた。
 彼女の前には湯気の立つ金華ハムと卵のスープ、パリパリに揚がった春巻き、焦げた色のなんともいえないにんにくの香りする餃子に、行儀よくふっくらと蒸篭に並んだ小龍包。それから程よくカラリと揚がった胡麻団子、先だけ赤いふかふかの桃饅頭、中国茶。これでもか、といわんばかりの中華三昧である。

 なおも咀嚼を続けながら、は会話を繋ごうとし――「ひゃっへ、おひひしふぉんふぁふぉひひーふひゃひゃひゃひひゃはにゃひっふー!」見事に失敗した。
 それでも構わないのだろう。大きな机にたった一人で食事を摂るの真正面、とは言っても机が相当大きいのでかなりの距離があるが――に足を組んで座ったアーカードは、彼女の様子を満足そうに眺め、長い足を組みかえている。
 ようやく肉汁の溢れそうな小龍包を飲み込み終わり、茶を一口、がなんとも言えない息を吐く。そのため息だけで、しあわせがわかる。そんな具合だった。

「だって美味しいんだから仕方がないんだよ、アー。」
 そう言って彼女は、箸を伸ばし今度は春巻きを取る。自分であーんと言いながら口を開いて、形のいい歯並びだこと、白い歯でまっぷたつ。サクリと気持ちのいい音がして、それにますますの頬が緩む。
「ああ、おいしい〜!至福!!このために生きてるよなぁ!」
 わははと笑い、パクパクと次々料理はの胃袋に収まってゆく。
 彼はyはりただうっすらと、そのニヤニヤという笑いを浮かべて、その様子を見ている。色の濃いサングラスのためにメモとは見えないが、その三日月のように吊りあがった口元を見る限り、機嫌がよいには違いない。ただに分からないのは、自分は何も食べず(というよりも食べる必要もなく食べることもできず)、他人が食べるのを見ているだけだというのに、一体なにが楽しいのか、ということだ。
 たとえばこの素晴らしい中華料理全てが、アーカードの手によるものなら、ニヤニヤ笑いながらそれを食べる人間の様子を見るのもわかる。しかしこれらの料理の数々は、彼女が上司におねだりして配達してもらったものばかりだ。インテグラ、私いますぐ中華食べないと死ぬかもしれない。を真顔で言うだけで十分だった。胡麻団子だけは自らお気に入りの店であらかじめ買ってきた。ふかふかの餡が、暖かく薄い餅に包まれて、胡麻の揚がったいい匂い。いわくシメにはこれがないと、落ち着かないらしい。
 細い体によくこれだけの質量が収まるもんだ、と密かに吸血鬼が感心するほど、はよく食べる。まあだからこそ、化け物と組んで化け物狩りなぞができるのかもしれない。

 胡麻団子を口の中にポイポイと放り込み、彼女は顔中で、幸福を噛み締めている。最後にはやはり、茶を口にして、ながいため息をひとつ。
「…ふわ…いやー食った!食った!もう!無理!しあわせぇ〜!」

「…よく食うやつだ。」
 ふっと笑ってアーカードが言う。
「だっておいしいんだもんよ!ごちそうさまでした!」
 パチンと手を合わせて、ニッとが笑う。
 アーカードは薄ら笑いを浮かべながら、やはりその様を見ていた。

「お前に食われたらさぞやうまいだろう。」

「そ?…ん?それなんか文法的におかしくない?お前を食ったらじゃなくて?食われても困るけど!」

「ああ。」
 一言だけで明快に、間違いではないと述べて、吸血鬼が席を立つ。

「悪いね、つき合わせて。」
 アーカードがものを食べないことを指しているのだろう。しかしちっともすまなそうに見えない笑顔でが笑い、彼もまたニタリと笑う。
「私が勝手に見ていただけだ。気にすることは無い、お嬢さん。」
 うん、気にしてない。と気持ちよく笑った人間に、吸血鬼はさも愉快そうに白い大きな牙を見せて笑い、暗がりに解けて消えた。

「…結局あいつ、なにがしたかったんだ?」
 人間らしい食事が懐かしくなりでもしたんだろうか?いやあいつがそんなしおらしいたまであるはずがない。まったく変態吸血鬼の考えることときたらさっぱりで。
 冷たい石の部屋の中、後に残されたの、心底どうでもよさげで、なおかつ満腹による幸福が滲む声だけ、ぽつりと響いた。



(召しませ?)
20100302