その姿はしなやかな獣を連想させた。
常夜の色を従えた、一対の美しく燃える黒曜石の睛。それは宇宙を貫いて光り輝く黒い星だ。底冷えするような静寂の深い淵と、触れた部分から溶かすような白い炎がそこから覗いている。
正常な黒、清浄なる黒。
ひんやりとした優しさで人を包み守り諭し許しあやしその頬を撫でて子守歌を歌う、正しくあるべき夜の姿だ。燃え立つような冷たさで歪みを突き刺し切り裂き消し去りわがままに断罪し崩落させ絶望させる、正しくあるべき闇の姿だ。
清閑として静寂を傍らによりそい、気配を持たずただひんやりとした朧な輪郭だけ並べてそこにある。残酷にも美しい真っ黒な色を従えた人。
黒い髪は耳の下から顎の方へ斜めにまっすぐ切り揃えられていて、黒い服は首まで覆っている。闇に輪郭を滲ませて、顔と手のひらだけが仄かに白く浮かび上がっていた。
その人は恐ろしい。
そして優しい。
なんだか面倒くさそうに、が声をかけた。実際面倒くさいだろうに違いないが。
「どうしたの、人識少年。」
やけに静かだね、の言葉ががらんと響く。
夜の狭い部屋の中では、は少し、余計に恐ろしい。いつも黒い服だから仕方がない。手足と顔だけ、薄闇に浮かび上がる。
ベタ塗りが大変だからやめなさい、とよく双識は言う。
黒は女を美しく見せるのよってオソノさんも言ってるじゃない、とか、真夜中生まれだからよ、ってはいつもそう返すけど、本当は喪服のつもりなのだ。人識はなんとなく知っていた。いつだって彼女の服が黒いということは、毎日が葬送ということだった。殺さない日はない。零崎一、勤勉な零崎だったかもしれない。不真面目揃いの身内の中で、一日一人、なかなか彼女は律儀だった。刺繍入門(キルトミシン)、彼女は正確に、その針を対象に振り下ろす。
「別に?特になにもねーけどォ?」
がじっと人識の顔面の刺青を見る。
(刺青も刺繍というのよ。)
いつだったっけ、彼女がぞっとするくらいきれいにそう笑ったのは。
人識は落ち着かない。この姉と二人きりはとても落ち着けない。
その闇にぴかぴか光る目玉に見られている状況が落ち着かない。双識あたりなら、いやんそんなに見つめないでハート、とか言いながらその顔をがっちりつかんでますます自分に目を向けさせただろう。けれどがこのなにか抉りだすような目でじっと見つめるのは人識だけなのだ。
実際彼女は双識と並ぶと至極まともなので忘れがちだか、腐らなくても零崎腐っても零崎、もまともであるはずはない。この執着はどうだ。静かな分上増しして恐ろしい。その目は蛇のようその目は鷹のようその目は人殺し。
どうにもいつもの調子が出ない。
こんな風に黙っていてはまったくキャラが成立しないじゃないか。理不尽な怒りに人識はガヅンと近くにあった壁を突き壊した。ああおかしい、こんなキャラじゃないのに。苛々している。とても不安定だ。
戯言使いに戯言でも習えばこの沈黙を抜け出せる?ああ早くこの空間から逃げ出したいのに。けれどもは人識の大好きな、背の高くて格好良いクールなお姉さまだった。抜け出すのは惜しいというのが青少年のやや不正常な判断だ。
がふと笑う。
「きれいなししゅう。」
その赤い唇がゆっくりゆっくり笑みをつくる。
ああなんて恐ろしい、おそろしい。
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