わらったかんじが、ときどき、すこし、似ていると思っていた。
空が青くて、風が強い。校舎の二階。ベランダでなんとなくぼおっとしていた美鶴の隣に、見知った顔が椅子を引っ張ってきて座った。
「なァに黄昏てんのー?」
ニカリと笑って、彼を見上げる。空が青いなー、とのんきに体を伸ばした友人に、美鶴は呆れたような目線を投げて寄越した。女子が制服で足を上げるもんじゃないと思う。言ったところでどうせ、短パンはいてるから余裕!というまったく問題にならない返事が返ってくるに違いないので、不毛なことはやめる。
「違う。」
「じゃあなにしてんの?」
「…なんにも。」
そっけない返答はいつものことだ。彼女の方はひょいと肩を竦めて椅子を揺らした。窓ガラス一枚隔てた教室と比べると、ここは静かだ。背中には喧騒、そして今は風の音が大きく聞こえてる。時々グラウンドから、戯れの野球を楽しむ声が聞こえてくる。カン、と間抜けなバットがボールを弾く音。美鶴の色素の薄い髪が、さらさらと揺れる。前髪が少し長くなってきた。鼻にかかりそうなそれは、さすがに切らないとまずいだろうな、と彼が考えていたときだ。いつもの調子で彼女がそういえば、となんでもないことのように言う。
「芦川はさ、どんな子がタイプなワケ?」
一瞬美鶴は動きをとめて、胡散臭そうに彼女を見下ろす。ニシシと笑う顔はいつもの通り。食べ物かサッカーの話しかしない彼女には、随分珍しい話題だ。ろくなことではない。
「なんでそんなこと聞くわけ。」
「隣のクラスの女子たちに頼まれた!あとはあれだ!こーきしん!」
あっけらかんとしたものだ。逆に毒気を削がれてしまって、彼はふうとため息を吐く。経験上、こういうタイプの質問は、恥ずかしがったりもったいぶったり誤魔化したり慌てたり照れたりしないで、さっさとあくまで事務的かつ簡潔に、答えてしまうに限る。
「…すっげぇお人好し。」
まさかそれが最初にくるとは思っていなかったのだろう。しかもその言い方は、悪口のようにも聞こえて彼女はあっけにとられて目をまるくし、そして彼は予想通りの反応に驚きもせず言葉を繋げる。親愛がこもっているからこそ彼がこういうぶっきらぼうな口調になるのだとわかるまでには、彼女はまだ芦川美鶴に詳しくなかった。
「変人だけど絶対悪人じゃない。馬鹿みたいに優しい。人のことばっかり心配する。目が大きい。わらうと目がなくなる。人懐っこい、腕が細い。割りに力持ち。絵を描くのが好きでたまに飯を食い忘れる。料理がうまい。それから強い。あとまつげ長い。細い。よく食う。…まあ美人。」
少しばかりいつも以上にぶっきらぼうに、それでいてそれだけの情報をいっぺんに提示した彼が、もういいだろ、と言ってまた空に目を戻す。今のってタイプか?と首をかしげながら彼女が神妙に続ける。
「…随分と具体的だね。」
「そうか?みんなこんなもんだろ。」
彼の方はひょうひょうとしたものである。でもなんとなく、照れてるように彼女には思えた。この淡々とした少年が、通常の三割り増しで愛想がないのは、そういうことなんじゃないだろうか。ああそっか、と呟く自分の声が、彼女にはずいぶんと大きく聞こえた。
「…好きな人、いるんだ。」
「ああ。」
返事に一瞬の躊躇いもなかった。
しばらく二人が黙る。ベランダは風が強い。
「………私さ、」
「なに?」
まだなにかあるのか――そういう響きだったが大抵彼はこういう話し方だ。それを気にしなくていいと知っているくらいには、彼女は彼を理解していた。
「私芦川のこと好きなんだよね。」
「…。」
目を丸くして、彼が彼女を見る。こんな顔初めて見た、と彼女が笑う。。
「これ失恋決定じゃん。」
「……。」
「なにか言いたまえ、色男くん。」
私と隣のクラスの圭子ちゃんに。といつも通り彼女が言うから、彼はすっかり困ってしまった。こういうことは何度もあって、大抵うまく、やり過ごしてた。ただこんな反応を返してくるのは彼女が初めてだったし、なにより彼女は、彼には初めてと言ってもいいくらい気楽に話せる女子の友達だったので。だから固まってしまった。少し、彼女が笑う顔はあのひとに似てる。
「……。」
「……。」
「………。」
「なんとか言いなよ。私がむなしいから。」
「…悪い。」
それはそれでむなしい。と彼女は笑った。
「…ほんとに好きなんだ、その人。」
静かに頷いた少年に、彼女はそっかぁと空を見上げてまた笑っただけだった。
(風が強い日の話)
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