朝の光りはいつでも白くて、少しぴんと張り詰めた感じがする。あえて何かに喩えようとするならば、洗って干したばかりの白い襟したシャツだろう。本当はそうして喩えるまでもなく、その白い光りは朝だけのもの。ただなんとなく、同類項のイメージ、上げるならばたぶんそんな感じ。
のろのろと寝巻きから普段着に着替えて、まだ寝ぼけたままの思考をまとめるように、は少しとんとんと頭を叩いた。ついでにあくびもひとつ。久しぶりの休日の朝は眠い。空気を入れ替えようと開いた障子戸から、そよそよと気持ちの良い風が吹いている。
朝らしい温度の、心地のよい風。それに混じって鳥の声。
雀がまた庭に来ている。
米粒でも撒いてやれば喜ぶだろうか。でもカラスが来ては困るな。
そう考えながら短い渡り廊下をは渡った。本当は、困らないし、むしろやってきたらスケッチでもしてやりたいところなのだけれど、ご近所に悪い。なにせ彼らは、なぜだかあまり一般的に人に好かれない。としては、カラスと言う鳥というのは、随分格好いいと思うのだ。シャープな形。あの真っ黒な色は夜。かのえらい人だって、悲哀は鴉に似ている、なんて格好いいこと、言っているではないか。
噫眠い。
そのままのろのろと廊下を渡りきる。
そうして台所の障子を開けて、はおや、と固まった。
「………あれ?」
「…おはよう。」
味噌汁のいい匂い。
美鶴が椅子に腰掛けて、朝食をとっている。
机の上には、ご飯、卵焼きに、昨日の残りの煮物、味噌汁が並んでいる。
そう、味噌汁。味噌汁だ。味噌汁がある。それに卵焼きもある。
おはようと返し、首を捻りながら、はコンロの前に立った。その背中を、美鶴はじいっと見ている。味噌汁はというと、おいしそうにほかほかとあったまっていて、卵焼きはどうやらもうの分も置いてあるようだ。
しかし何かがどうにもおかしい。
とにもかくにもそれをよそおうとして、お椀が見当たらないのに気がついた。がきょろきょろしていると、大きな白い手がにゅっとふいに伸びてきた。もちろんのお椀を、その手は持っていた。
「…はい。」
「わ、ありがとう!」
お礼を言われて、少し肩を竦めて美鶴は口端を上げた。そうして今度こそ、と味噌汁をよそったは、あれ?おや?ふと、気がついた。
「あれ?」
「?」
ふたりはきょとんとして、顔を見合わせる。
の方は起きたとき髪の毛をゆるりと適当にまとめただけで、美鶴の方はもうしっかりとシャツのボタンを一番上までしめている。彼と彼女。ふたり。そうふたり。ふたりだ。
しかし彼女が口を開いた第一声は、
「……味噌汁?」
ぽかりと口を開けて、美鶴に向かってそう言ったまま、首を傾げるに、なに言ってるの、と少しあきれたように眉を寄せて、美鶴はその手からお玉を奪って味噌汁を注ぎ出した。
まだ「あれぇ?」と首を捻っているに、味噌汁の椀を渡しながら、美鶴はたんに「冷めるよ」と言っただけだった。
「あ、うん。」
気がつけば慣れた手つきで、あっという間にご飯もよそわれている。
の空いたもう片方の手に茶碗をひょいと渡すと、美鶴は席に戻った。
「ってなんで?」
ご飯は昨日のうちにタイマーをセットしておいた。煮物は昨日の晩ご飯の残り物を机に出したままのやつ。では味噌汁は、卵焼きはどうした?
「味噌汁とか…つくったの?」
「…つっこむとこそこ?」
美鶴はやっぱ無愛想に、そう言っただけだった。勝手に冷蔵庫のもの使って悪かったな、と言う美鶴にそれは全然構わないんだよ、とは首を横に何度も振った。そうして席につきながらやたらきらきらした目では味噌汁を見つめている。
「み、美鶴くんの作った味噌汁…!たまご焼き…!味噌・スープ…!」
なんでわざわざ言い直すの、とつぶやきながら、美鶴は味噌汁を口に運ぶ。
「ん…まあまあ。」
ぶっきらぼうな言い方は、照れ隠しなのだと知っている。
「どれどれ?」
ちょっとニヤニヤ笑いながら、もひとくち、口に運んだ。ほぅとため息が勝手に出る。
ため息に種類はたくさんあるけれど、味噌汁のんだ後の、ふぅ、は幸せの息継ぎだ。少ししょっぱくて、ふぞろいの豆腐がかわいいと思う。
「…おいしいよ。」
「……ふぅん」
これも照れている。
「おいしいじゃん!なにやだ美鶴くんて料理できるのすっごい!」
「………。」
今度は呆れられた。そしてちょこっと多分怒らせた。
「俺もう一人暮らし始めて5年なんだけど?」
「あーそうか!高校の時からだもんねぇすご…………お?」
お、ねぇ。美鶴が呆れてもう新聞を広げ出した。慣れているのだ。
「美鶴くんがいる…………!?」
「さん毎回ほんっといまさら。」
「えっ!どこからどうやって入ったの!?」
「だから合鍵くれただろ。」
「それは小学生の美鶴くんにであって…!」
「なに、俺は駄目なわけ?」
「いやあのそのなんというか!」
「味噌汁冷める。」
「あ、ほんとだ。まあもういいか!しょうゆとって〜!」
「…自分でとれよな…。」
「ありがとう!」
もう何回目かの、朝のやりとりである。
(ありがちな朝の風景)
20100302/