扉。魔法。願い。試練。
幻界。
彼の話すことはまるで夢のようで、けれども嫌にリアルだった。小学校5年生だというその年令で考えた御伽噺にしてはよくでき過ぎている。
ほんの少し諦めたように、本当だよ、という美鶴君が妙に寂しく見えた。
扉の向こうの世界を、彼はヴィジョンと呼ぶ。
そこで死ねば二度と戻れない。それはつまり、やはり死ぬということだろう。むしろ話を聞いていると、そのヴィジョンこそが死後の世界のようにすら思える。そんななんの確証もない世界に、このたった11歳の少年 は飛び込んだのだ。願いを叶えたいただそのために。
そして死んだ。
「俺は死んだんだ。最初っから間違えた。信じないかもしれないけど、死んだんだよ、自分で自分を殺した。」
死んだはずだったんだとなぜか悔しそうに彼は言う。やっとあえたとおもったのに、と。
美鶴くんがぎゅうと胸元を掻きむしる。
痛いのだろう、よくわかる。悲しくて苦しくて耐えられない、そんな時そのあたりは軋むように酷く痛むから。
(なら君はやっぱり生きているんでしょう?)
美鶴くんを見下ろすとなんて脆くて崩れてしまいそうなんだろう。夢だって思いも寄らないお話を経て、ここへ来た小さな男の子。こんな下手な作り話、本気でするような馬鹿な子供ではないのは見ればすぐ分かる。美鶴くんは随分疲れているようだった。
試練に負けて、死んだ君。でもなぜか生きてここにいる。人は彼を敗北者と呼ぶのだろうか?そうなのだろうか。私には、そう呼ぶことはできない。
彼はただとてもくたびれて、疲労している。それだけだ。そして、小さな彼をそんなにも疲れさせた世界を私は。
「信じるよ。」
美鶴くんがはっと顔をあげた。
「まさか11歳の美鶴くんに会える日がくるとは思わなかった。」
構わず少し笑うと美鶴くんがくしゃりと顔を歪ませる。泣き出しそうな、微笑だった。
ほんの少しだけれどやっと笑った。
私はとてもうれしくなって、パンパンとお尻を払いながら立ち上がる。
「んー!」
むんと胸を張って伸びをすると夏空ごと空気が肺に満ちるみたいだった。ぐんと背が伸びたような気がして、ああそうだった私は20才だったと思い出す。振り返ると11歳の美鶴くん。
なんだかとても、なきたくなるくらい美しい光景だ、そう思う。
「…本当なんだよ?」
美鶴くんが念を押す。
「うん、だから分かってるよ。」
「ほんとうに?」
「ほんとう。」
私がにっこり笑うともう彼は何も言わなかった。なんでもないようにふいと視線を動かして森の方を見やる。
「…さん、て、変な大人になったね。」
その耳がほんのりと赤くなっているのをみて、(ああやっぱりかわいいなあ。)って私は見えないように笑う。だってばれたらきっと美鶴くんはひどく怒るだろうから。
03.夢の見る夢の名を 20070818/