「本当にひとり暮らしなの?」
家の前に立って美鶴くんはポカンと口をあけた。
広い昔ながらの一軒家を見て驚いたんだろう。私はああと笑う。
平屋作りの木造建築は、それに似たような古い家が幾つか残る商店街の少し外れにある。
「そうだよ?ほら私のとこ両親早くに死んでるからね。高校んときばあちゃんも死んで、今はひとりだよ。」
「………そう言えば。」
「そうそう、知ってるでしょ?両親の方は。」
「…うん。」
頷きながら、美鶴くんは思いつめたような、深刻そうな顔をする。
(気にさせたかな?)
大抵私の一人暮らしの由来を聞いた人はこういう反応をする。それはもう幼い頃から慣れっこなことであったし、それにこの歳で一人暮らしなんてなにもおかしいことではない。だから逆に、気にされても困ってしまうのだ。気にするなってほうが無理よ、親しい友人はそう笑う。仕方がない、だってみんなそうなのだ。
それでもやっぱり、少し申し訳ないような気分になって、玄関の鍵を開ける。
鍵についたちいさな丸いひよこの鈴がチリンと鳴った。どこかで風鈴も鳴っている。引き戸を開けるとガラガラと大きな音がした。
「ほらあがりなよ。お蕎麦すぐつくっちゃうからね「まあ、ちゃん親戚の子?」
ふいに声が聞こえてきて、私はぎょっと右の方を振り返る。
犬の散歩だろう。隣のおばあちゃんが犬を連れて玄関から出てきたところだった。曲がった背中でおばあちゃんは、にっこりと笑いかける。
ああそうだった。家族の目はない代わり、ここには近所の目があった。頭の中で目まぐるしく思考を働かせながら、私は不自然にならない程度ににっこり笑って挨拶をする。
「はい、親戚の子なんです。ご両親が長く留守にするのでしばらく預かることになって。」
よくもまあこんなすらすらと嘘がとっさに出たものだ、と私は自分でも呆れてしまう。大人になったなあだなんて少し苦笑いを浮かべている間にも、おばあちゃんはにこにこ美鶴くんに話しかけていた。
「まあかわいい男の子ねえ。何年生?お名前は?」
「芦川美鶴です。小学校五年生です。」
少し首をかしげてから、、はきはきとした様子で美鶴くんが話し出す。
その顔には、ぱっと見きれいな微笑が浮かんでいる、が。(…猫っかぶりめ。)かわいい、という形容詞に眉をしかめたのを私はバッチリ見ていたぞ!その外面のよさに私は内心舌を巻く。
まったくこの少年は、大人というものの扱い方をとても心得ているのだ。私に対しては、""と言う同い年の女の子のイメージが先行するので、うまくその顔を使い分けられないのだろうが、他の完璧な大人に対しては、完璧なこの態度。なんともいけすかない。
このおばあちゃんはなあ!なんとものんびり穏やかまったりでいいおばあちゃんなんだぞ!おはぎなんて絶品なんだぞお!こら美鶴!
美鶴くんは変わらず愛想よくにこにこしていた。
それにしても彼は、話しながら見事に危うい質問にも答えてゆく。
「美鶴くん。いいお名前ねえ。いつ来たの?」
「 昨日の夜遅く。」
「ああそうなの。私達くらい歳取ると寝るのが早いからねえ、気がつかなかった。」
おばあさんもにこにこ節くれだった手をさすりながら笑っている。
じゃあ今日は朝からちゃんのお絵かきについていったのね、それに美鶴くんがはい、と頷く。
「でもいいわねえ美鶴くん、夏休みにこんなきれいなおねえさんのお家にお泊りできて。」
「ぶふっ!」
「…はい、たのしいです。でも、」
「なあに?」
まだ咽ている私をチラリと見上げて美鶴くんがニヤっと笑った。(嫌なよ か ん!)
にっこり"かわいい"笑顔でおばあちゃんの耳元に口を寄せる。完璧に人懐っこい小学5年生の男の子の様子だ。
「お姉さんって、ほんとこどもみたいだから。」
最後のほうはよく聞こえなかった。
顔を離すと美鶴くんは私の顔を目で指し示す。
それにおばあちゃんがおかしそうに目を丸くして笑い出した。
「あらやだ、ほんとう。気がつかなかったわ。」
「え、ちょ、なんですか!え!こら美鶴なに言ったんだ!」
美鶴くんはツーンとすまして、でもおかしそうに肩を震わせていた。なんなんだなに言ったんだいったい!おばあちゃんがふふふ、と少しすまなさそうに私の顔を指差して笑う。
「ちゃんほっぺに緑の絵の具つけて。」
「おおいこらもっと早く言え美鶴ーーー!!!!」
05.微風は南から