忘れ物をした。
24色の色鉛筆。
アヤが持って帰ってきてねって言ってたのを忘れてたのをサッカーが終わってさあ帰ろうってランドセルを背負ったときに思い出した。
色鉛筆が入っていたら、ガシャンて音がするはずだからだ。
あたりは一面夕焼けのオレンジで、影がながぁく伸びている。
「美鶴また明日な!」
って笑うみんなに手を振って、僕は走った。
電信の影を踏んで、フェンスの影の天辺を歩く。
そうするとさ、影だけ見るとまるで自分が本当にあの高いフェンスのうえをサーカスの綱渡りみたいに歩いてるみたいで面白いんだ。影の縁から落っこちないように、少し両手でバランスをとって、それでも急いで少し早足に歩く。
見上げたら赤と橙がいっぱいに広がって、どこかからカレーの匂いがする。
(早く帰ろう。)
僕はランドセルを背負いなおす。
ランドセルに刺した赤い花が、ぴょこぴょこ走るたびに揺れるのが影をみてわかる。
図工の時間にみんなプレゼントにカーネーションの花を作った。
『美鶴くん、上手にできたね。』
って先生が言った。当たり前だ、がんばって作ったんだから。
(お腹が空いたな。)
そう考えて走り出す。
今日はどうしたって24色の色鉛筆がいるんだった。
明日は母の日だから、アヤはおかあさんの絵を描くのにお兄ちゃんの色鉛筆がいいの、って昨日言ったんだ。
(はやく、はやく!)
校庭を横切って、「美鶴くんどうしたんだい?」警備室のおじさんの前を駆け抜ける。
「忘れ物!」
はいはいって笑うしわしわの顔に手を振って、教室に飛び込んだ。
やっぱりだれもいない。
窓から差し込む西日が眩しかった。
机の中をごそごそ探ると、「…あった。」色鉛筆を見つけた。
ほっとして顔を上げたときだ。
窓の外から校庭に、誰かが立ってるのが見えた。
「…?」
それはクラスの女の子だ。
ポツンと影とオレンジの光の中に立ってる。
「どうしたんだろ?」
その子はほんとに、取り残されたみたいにポツンと立ってた。
いつもにこにこみんなの真ん中で笑ってる子。口うるさい感じの女子じゃない。のんびりしてるけど、はきはき話す。はうるさくないからいいよな、って男子とも仲がいい。水泳がすっごくうまいんだ。足は遅い。ちゃんちゃん、ってみんなの話にうんうんって頷いてる。目立つことはしないけど、教室の隅っこにいるようなやつに、他の女子を不機嫌にしないですごく自然に「ねえこっちおいでよ。」って言えるのがすごいなっていつも思ってた。
影の中影の中。その子は動かない。
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