そおっとそおっと、彼は言葉を口にした。
くしゃりと顔をゆがめて笑って、少し泣き出しそうなくせに、とても優しい目をして。


「…亘、です。三谷亘。」

ワタル。その音。
聞いた事がある。扉の向こう、見習い勇者の男の子。

(…美鶴くん。)
思わず彼が駆け去った方を振り返った。
石畳の上にどんよりと空は立ちこめて、美鶴くんの姿はやっぱり見受けられない。

もちろん君には、名前なんて聞かなくたって、彼が何者であるのか悟ったに違いなかった。彼が一目で、君を芦川美鶴だと見抜いたのとおんなじように。この時間軸にいるはずのない少年に、確信を持って過去の少年の名を呼んだ遠い勇者。

噫、では君は。



「あの、…えっと、君、は?」

不思議そうに傾げられた首。はにかむように肩を竦めてジーンズのおしりのポケットに突っ込まれた手。紫がかった濃紺の短い髪の毛。高い背。私と同じくらい。大人の、…大人の。

(美鶴くん。)
いたたまれなくて目を瞑る。

君は。



16.少年