「…ミツル。」
ジャリと砂を踏む音。辺りはすっかり暗い。
少年はじっと膝を抱えて座り込んだまま黙り込んでいる。暗くてよくは見えないが、声をかけた若い男はゆっくり目を細めて、少し笑ったようだった。
だってなんだか似ていた。この状況は男の知る光景に。ふてくされた幼い自分と、大人びた笑顔の少年。変わらない、あの頃から。ただ今ならわかることが彼にはあった。
「…来るなって言ったじゃないか。」
途方にくれたような声で、少年が顔を上げる。
この少年、美鶴もまたその頃の彼と同じ、子供だ。
子供。ただの子供。
ただ、自分とは違った。彼は、彼は、自分よりもずっと強くて、頑なで、寂しい、悲しい、ひとりぼっちの、子供だった。弱い、子供。辛い時に辛いと言えない、意地っ張りの子供。
美鶴。友達だ。大事な大事な。
「来るなって言われて来ないやつはいないよ。」
「…おせっかい。」
「前にも言われたな、それ。」
彼は目元を緩めて笑う。ほら、とすっかりびしょぬれの少年に、彼はずっと握って走っていた傘を差し出した。少年はわけのわからないものを見るような目で彼を見ている。
その顔は雨にすっかり冷えて凍えてはいたけれど、しっかりの血が通っていた。
最後に見た顔を思い出す。すっかり血の気がうせて、青褪めていた。胸からとめどなく血が流れてた。
今、そうして死んでしまったんじゃないかと思われた少年は、ちゃんと生きているように見えた。
「傘、使えよ。」
「…あんたが使えば。」
「俺、もうびしょぬれだし。」
「…それは俺もだろ。」
その呆れた言い回しに彼はぷっとふきだす。
ずっとずっと気に掛かっていた。あの頃彼は幼くて、力になることができなかった。あの頃の自分が想像だにしない、運命の真上にいた少年。ほほにふれたザリという感触。赤い色。連れて帰ることが、できなかった。
だから、と彼は思う。
だから。
連れて帰る。君を。
誰かが君を待つところ。
だから。
彼は微笑む。
そのためにずっと。君を待っていた。
君を。
「いいから。な?」
差し出した傘は真っ青なビニル傘。受け取ってくれよ、頼むから。って少し願うような気持ちで彼は傘をもう一度、ん、と少年のほうにずいと差し出した。
ためらいがちに少年の白い細い指がそろりと伸ばされる。
青い傘。
君を迎えに来た。
21.rain/that/something
200701115/