そういえば一度も帰ったことがなかった。
 あの日以来。俺の家。俺の家。
 部屋一面に朝日が溢れかえる黄色の乱反射の中で、布団から半分起き上がって今まで考えもしてみなかったことがふと浮かんだ。
(…帰ろう。)
 そうだ。そう言えば今までずっと。俺の家だと言える家はあそこしかなかったのだ。(青い屋根白い壁。)
 障子を透かした光はやわらかで眩しい。さんのことを少し思った。黙ってでかけたら、また心配かけるだろう。
(…あんなまずい卵焼き、また食わされたらたまらないし。)
 少しあたりを見渡して、裏の白い広告とぺンをとる。…さあなんて書こうか。

 ツルツルの白い面を見つめていると、なんとなく思い出した、昨日の朝のさん。

 あたりまえのことしただけなんだから気にしなくていいの。

 言ってることはわからなかったけれど、あれは、ここにいていいと言うことだったんだと思う。迷惑じゃないし迷惑だとも思っていないし例えば迷惑かけてもどうってことない、そういう意味だったんだろうか。
 都合の良い解釈なのかな。それでも俺は、(…ちょっとだけだけど)、嬉しかったかもしれないんだ。
(なんか恥ずかしい。)
 頭を掻いて、ああ嫌だなんだか恥ずかしい、書くことを考えよう。書き出しはどうしよう。
 手紙を書くのなんてなにせ久しぶりで困る。しかもおんなじところに住んでるのにな。
 書きながら、あの家に向かうことはあまり考えないようにした。だからただ、あの人が心配しないようにって。
(…だって泣かれたらたまらない。)
 ぺンのインクは青だ。早起きの蝉が鳴き出した。



27.青を塗って



20080307/