手のひらの感触が、真ん中に縮こまっていくかのように小さくなっていく。
わかっていた。少し口端でわらってみる。ひどく切なくて泣きたくなった。
瞼を閉じて、そして開く。ゆっくり手のひらを開いた。
君の手はない。
美鶴くんは、いなくなっていた。

あの子は行ってしまった。

羊雲を蹴って渡って、いつかの昨日に帰ってしまった。
私はただただ、もうぽかんとしてしまって、撒かれた道しるべの白い雲を見る。
空っぽのような、高い秋の空だ。まだ少し残った夏の入道雲は影のよう。生き遅れた蝉がないている。がらんな体に残った夏をかき集めては、こだまさせている。水だけ飲んで生きる、優しい生き物。
夏はもう終わったよ、さようならの秋がくる。

繋いでいたはずの右手を、開いてまた閉じる。
小さな手のひら。確かに掴んでいたもの。少しひんやりとした温かさの。
あの子は帰ってしまった。

「美鶴くん。」

ゆめまぼろしのようだったけれど、確かにここに居たのだ。
手を繋いで、走っていた。
それから息が切れたので、一緒に歩いた。
靴を持って来てくれると、言ったのはついさっきのことだったのだ。
ここにいたのに。
夏休みの少年は虹と一緒に消えてしまう。繋いでいた手にぬくもりは残らなかった。まるで最初からいなかったかのよう。まるでどこにもいなくなった。
いいや、いなくなったんじゃない。帰ったのだ。
帰ってしまった。
それを願っていたのにね。
なんだか涙が出た。手のひら、寂しいねぇって笑う。
「…ああ、」
だらんと手を垂れた。蝉が鳴く。



32.最後の鐘が鳴る前に



20080413/