「―――と、言うわけで。」
ツラツラと長い罪状を読み上げて、リュカが少し片方の眉を上げた。そのまん前で、オクタムが体中でやる気ありません、というのを表現しながら「おおう、」と不機嫌極まりない返事を返す。その横では、まだ処罰の決まらない盗賊たちが、団子状態に縄でぐるぐる巻きにされている。それにたいするオクタムの格好は、ある意味ではマシだと言えたが、見ようによっては、彼らのほうが数倍マシかもしれなかった。
リュカは真面目な顔を保つのに少し苦労している。そしてその隣では、ミツルが澄ました顔で立っていた。
「食い逃げの罪によって、オクタムには3日間のこの町の清掃作業を申し渡す。」
「ははー!って聞くわけないだろばーっか「んあ?」
オクタムの喉元に、すかさずミツルの杖の先が向けられる。ちなみに彼女の見事な細工の三日月刀は、きちんと没収されている。彼女の宝玉は、刀に嵌め込むタイプのものだから、これで魔法も使えない。
「…ツツシンデ、ツトメサセテイタダキマスデス。ハイ。」
かたことになりながら、オクタムが引きつる口端を持ち上げ、ミツルは涼しい顔のまま杖を下ろした。
視線の先のオクタムの手にはバケツとモップ、背中に掃除機をしょい、三角巾をつけ、ハタキと箒と雑巾を腰にぶら下げて、首からは『食い逃げ罰掃除中』の札を吊り下げている。この街の軽犯罪者に良く見られる姿であるが、どうにも笑いを誘って、いけない。彼女もまた例に漏れず、ばっちり笑いと、それからこっそり親しみを湧かせるテイストに仕上がっている。この罰掃除の最中に、彼らは町の人間に、わらわれたり、かわかわれたりしながらも、街になじんでゆく。その期間中に雇用先を見つけるものも少なくなく、炭鉱送りなどを実践しているような都市に比べると、その罰の形はそのような犯罪を犯さざるを得ないものたちにとても優しいものになっていた。甘すぎるのではないかという、声はあまり聞かれない。この街にたった一人のハイランダーが、罪人の事情や様子をよくよく踏まえて、罰を振り分けるからだ。
オクタムがのろのろと、街へ出てゆく。「さぼっても逃げてもすぐバレるからな。」というミツルの言葉に、「このクソガキがああ!」と文句を叫ぶのも忘れない。ミツルの魔法によって強化された罰掃除セットは、きっとこれからこの街の犯罪防止にいっそう役立つだろう。ありがたいことである。リュカはうんうんと頷き、窓の外へ目をやり、くつりと笑う。――いつものアレが始まったようだ。
オクタムが石畳をモップで磨いている。往来を行く、人の声が飛ぶ。「やあ罰掃除か!久しぶりに見たなあ。」「えらいえらい、おっとここにゴミが落ちてる、きれいにしてくれよ!」「なんだい食い逃げかい?だっらしないねえ!」「こいつうちの店で一人で7000タムも食い逃げしやがったんだよ!「6800だっつーの!」四捨五入すりゃ変わんないよ!ほらちゃっちゃと磨いた磨いた!」「へえー!嬢ちゃんほっそいのによくそんな食ったなあ!」「あんたそりゃ食い逃げなんてしないで、ほら、あの角の店の『君は伝説を見たことがあるか〜1時間で食べきったら無料!〜』に行きゃよかったんだよ知らなかったのかいバカだねえー!」「うっそそんなのあったのかい…!」「ばかだねー。」「おい!ばつそーじがいるぞ!だっせー!」「だっせー!」「うっさいよガキ共オオオオ!!」
すっかり無意識の内に手伝いが板についてきたミツルが、盗賊たちを牢に戻して帰ってきた。そうして表の騒ぎに、眉をしかめる。ちょうどタイミングよく、オクタムが叫ぶ。
「人違いだよバカ!」
どうやら盗賊退治を依頼してきた村人たちに会ったようだ。人違いじゃねえよな?勇者様だべ?だべ?その会話に、また笑いが起きる。食い逃げが勇者たあ世も末だねえ!ほら見なよこの子赤くなったよ!どっと笑い声が上がって、オクタムがなにやらわめきながらすごい勢いで石畳を磨くのは忘れずに走っていった。覚えてろクソガキイイイという言葉を辛うじて拾ったミツルが、「それはもしかして俺のことか。」とボソリと呟く。
「…一件落着、だ。」
リュカがマグカップにミツルと自分の分の茶を注いで、手渡しながら笑った。
「…甘いんじゃないのか。」
窓の外の、どちらかというなら愉快な様子を見つめながら、ミツルはマグを受け取った。あたたかいミルク色に煙った茶の匂いは、どうにも懐かしくていけない。その言葉にリュカが小さく、笑う。
「確かにそうかもしれん。」
だがなぁ、とのんびり続く言葉が優しいことは、聞かなくたって分かった。陶器のマグはずっしりと重い。優しい重さ。あたたかさがじわりと手のひらに滲む。ああいつここを発とう。焦りにもにた気持ちが胸のあたりに渦巻くのに、ミツルは素朴な木の椅子から腰を上げることができない。
「罪の重さや大小だけでその人間を計ることは、できんだろ。」
窓の外は明るくて、笑い声が聞こえる。小さな街の、ありふれた日常。ああけれどどうしてこんなに明るく響くんだろう。思わずマグの中身をぐいと口に流し込むと、まだ熱かった、ミツルが小さく咳き込む。コーラのときは平気だったのにな。口の中が切れてて、とてもしみたの思い出す。『すっげえ、しみる。』そう言ってやった時の誰かさんの顔も。
「おいおい、大丈夫かミツル。」
「…すっげえ、あつい。」
無意識に口をついて出た。リュカがその紫の目を一瞬ポカンと見開いてそれから笑う。
「あたりまえだろう。淹れたてだ。」
ちょっとふてくされたように肘をついて、マグの中身を冷ましながらミツルは少し思う。たまにはこんなのも、悪くない。そう、わるくはない。
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