ゴトゴトとおしりにくる振動で、のんびりと車が進む。車を引く馬にも象にもそれから恐竜にも似た生き物の名前をミツルは知らないから、このそれなりに大きなほろ馬車の、正式名称は不明だ。
真ん中に座ったリュカが手綱を取り、その両脇にミツルとオクタムが座った。オクタムの愉快そうな満面のニヤニヤ笑いが左端、アンカ族とは造りの違う顔立ちなためにいまいち表示は読めないが、おそらく良い天気に満足してか、ひくひくとヒゲをそよがせているリュカ、そして右端に、どうしてこんな状況になっているのかと早くも後悔し始めているミツルである。むずがる子供を歯医者に連れていく親子――にはやっぱり見えない。そもそも真ん中のリュカなど種族から違うし、オクタムの笑い方は世間一般の母親像からかなりずれたところにある。
彼らの称号を左から順に並べるなら、食い逃げの勇者、町のハイランダー、謎の美少年魔導師(勇者その2)である。つくづく奇妙な三人組だ。
ちなみにもっと詳しく言うなら、彼らの乗る車のほろの中にはと言うと、縄でぐるぐるに巻かれた盗賊が十人ほど、詰め込まれている。
魔術師にはミツルが魔法封じの印を結んだ。それがリュカに頼まれた"仕事"だからだ。
現界と違い舗装されていない街道を馬車が行く。その度ガタガタと台車は揺れて、こういうものだとはわかっていても、それでもミツルの口からはため息がでた。肘を膝に乗せて頬杖をつきながら、ミツルは心底面倒くさいことになったと口には出さず悪態をついていた。
そもそもどこから間違ったんだ?自問自答を続けるも当たり前だがさっぱり気分は上昇しない。リュカの申し出を受けたことか?いいや確かにあの時はそれが最善の手だったのだ。お金もない、情報もない、具体的な目標もない。ないない尽くしのミツルに、仕事と賞与をあたえられると提案したリュカの言葉は、たしかに自分にはお誂え向きの用件だったのだとミツルは自分を納得させる。しかしそもそもこんなに長くあの小さな町にとどまるつもりはなかったし、もっと言うならこんな虎みたいにでかい見た目豹の大男と、なれ合う予定は微塵もなかった。
「いやぁいい天気だねぇ!絶好の旅日和ってやつじゃないかい!」
楽しそうなオクタムの声が、リュカの向こうから聞こえる。ミツルからはリュカの大きな体が邪魔になって、彼女の姿は長い足が子供のように揺されているくらいしか見えない。
「そうだな。」
いい天気だ。と低い声で頷くリュカのヒゲの先も、七色に光り、今日は本当に良い天気。しかしミツルの心中は決して穏やかではない。
「ほーらなぁにさっきからあんたそんなふてくされた顔してるんだい!」
ふいに目の前にオクタムの顔が現れて、ミツルは心底嫌そうな顔をした。
そうだそもそもこいつの存在がいけない。
疑うまでもなく間違いの発端は彼女であるのだ。そのなんの悪びれもない表情が、いっそ清々しいほど憎い。
「人の顔みるなりそんな顔して!いやな子だねぇー!」
「…うるさい。」
まったくどうして本当にうるさい。リュカを押しのけて真ん中を陣取ったオクタムが、呵々と笑う。額の真ん中で分けられた黒髪が、顎の下あたりで揃って揺れる。
王都に行くと、聞くなり子供みたいに「私も私も!」と騒ぎたて、断れ、断れ、と念じるミツル(と、彼女にこてんぱんにのされた盗賊たち)の願いもむなしく、リュカが、それに了承を出すものだからいけない。そこで彼女が来るならミツルが同行を拒否するかもしれないと知ってるくせに、それでも、ミツルがついてきてくれると、信じているリュカが、いけない。
(ああもうまったく。)
いつからこんな風になっただろう。悪いけどおまえらとは行かない。じゃあな。頭の中で何度となくシュミレートした言葉を口の中呟く。どうしてこんな、簡単なこと、言えなくなったかな。
ガタガタと荷馬車が揺れる。この生き物がなんて言うのか、尋ねるのはどうにも、ミツルにはできない。過ぎてゆく長閑と形容するしかない緑一面の景色を見やりながら、ミツルは少しだけわらう。前の旅では、こんな景色、気づかなかったなと。急ぎ足で、いつもまさに風に乗って飛んで、景色や風を味わうなんて暇はなかったもの。
「うっわ!なんだいあの生き物!」
ミツルがちょうど目を丸くしかけた生物を同時にオクタムがみとめて、声を上げた。ミツルはいかにも興味がないというポーズをして、頬杖をつき直す。
「…ああ。あれはヒコポタマラカララ鳥だな。珍しい。」
「鳥!」
「現界にはいないのか?」
ミツルの様子には気づかず、ふたりの会話は続く。リュカの問いかけに、いるわけないだろ、とオクタムの言葉が続き、現界の話しが始まる。あんたみたいな顔したのはいないよ、と彼女が言い、おまえやミツルのような種族をこちらではアンカ族と言うのだと話しが続く。
オクタムは大きな身振り手振りで話す。声がでかい。まったくガハハと言ってよく笑う。まったくのんきなものである。けれどそれだけでないことはわかっていた。魔法は専門のミツルから見たって"悪くない"。軽い身のこなし。彼女はお試しの洞窟で何を望んだのだろう?テストの成績も悪くはなかったに違いない。ゆったりとした踊り子風の衣装から察するに――魔法と攻撃のバランスの良い"盗賊(シーフ)"あたりが妥当だろう。魔法剣士にしては軽装だし、魔導師系統にしてはあまりに軽薄だ。
暗い洞窟で賊たちを薙払ったあの一瞬の冷酷さ。彼女は旅人だ。玉を求めてる。そうしてきっとそのためなら、手段など選ばない。それが本来あるべき、旅人のまったき姿なのだから。
「ちょっと!見てみなよ!まった変な鳥だよ!」
オクタムが笑う。ミツルはじっと横目でその様子を見ている。いかづちを呼んだあの冷え冷えとした声。オクタムの剣に収まったふたつの玉。ミツルの杖の先で、あの不思議な玉がゆらゆらと光を発していた。
空は高く、馬車はすすみ、どこまでも良い天気だった。
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