「つくったとは言っても、私が作ったのはこの"器"だけですが。」
 浮遊する球体の隣で、シンが不思議な調子で少しわらった。
「うつわ?」
「ええ。最初、これは箱状の形態をしていたでしょう?」
 太陽だといわれた物質をしげしげとミツルは眺める。なぜだかどこかで見たような、そんな気もする。
 目を丸くして、その燃える球体に、オクタムがおっかなびっくり手を近づている。あ、とシンが何か言う前に、ジュ、と軽い音がして、慌ててその指先を引っ込た。あぶないですよ、と目を丸くするシンに、「そう言うことは先に言っとくれ!」とオクタムはちょっと涙目で悲鳴を上げる。

「…まあ、今のような要領で下手に手を出しても危険ですので、この球の持つ力の出力を調整できる"器"――入れ物、制御装置とでもいいましょうか――を作りました。」
 説明する手間が省けたことを喜べばいいのかどうなのか、微妙な顔をして、それでもシンが言う。強大なエネルギーを調節する器。それを彼は作ったという。ではつまり――、

「つまり、この"太陽"はあんたの作ったもんじゃない?」

 ミツルの問いかけに、眼鏡の向こうで感心したように目を丸くして、「はい。」とシンが頷く。
「元は、鉱石の採掘現場で偶然掘り当てられたのです。発見されたときに三人その力のあまりの苛烈さに消し飛びました――跡形も残らず、ね。触れるも何も、調査しようにも手が付けられない状況だったので、とりあえずまず器の製作に当たったのです。」
「…触れられないものを"しまった"のか。」
「ええ。」
 にっこり笑ってシンが言う。
「2ヶ月もかかりました。」
 基準が人とずれている。
 そこでやっと、ミツルもリュカも、このシンというさえない風貌をした男が、一般のレベルを軽く凌駕している人間なのだと思い当たる。俗に言う天才というやつなのだろう。今も「結局しまって出力調整できるところまではきましたがこの"太陽"がなになのかと言う部分がさっぱりなんですよ、困ったものです」などと話し続けている。
「そうかい?力の調節やら使い方が分かってるならそれでいい気がするけどねえ?」
 オクタムがしきりに唸りながら太陽を見つめている。先ほど火傷しかけたのを根に持っているのか、腕は組んだままだ。
「いいえ。いいえ、オクタムさん。それは違います。例えば魔法というものがあるでしょう?…ミツルくん、」
 急に話を振られて彼は少し顔を上げた。

「魔法をその原理を理解せずに行使することは可能ですか?」
「…可能だ。」

 もちろんそれは知っているのだろう。シンは頷いて、ミツルに話の続きを促す。めずらしくオクタムは、茶々を入れず大人しく聞いている。リュカはというと、少し前から子供たちに尻尾を狙われていて、隠しているつもりなのだろうが気が気ではないのかびくびくしている。彼のぱたぱた揺れる尻尾は、子供にはそれは魅力的なのだ。ちょっとその様子を見やって、でも無視することにする。シンが自分に言わせたいことはわかる。

「可能だが、危険だ。稀に天性とかいうので魔法を使えるやつがいるが、そいつらも魔法の理論は学ぶ…危険だからだ。今自分がどうやって何もないところから火を出したのかわからなければ、その火を消すこともできない。理解して、出せるようになるやつのほうがまだいい。なぜ出せるのかわからないまま、なんとなく出せてしまうやつの方が、いざ自分でコントロールして消すのは難しい。」
「それと同じことですよ。ましては未知の物質です。これが"なに"か、わからないことには取り返しのつかない事態を招くこともある…のでとてもまだ使える代物ではないのですが、どこかからこのことが漏れたようで。」
「…どっかの短絡的な連中がそれを狙ってる、ってわけか。」
「ええ。仮にも三人死なせて、という言葉が当てはまらないほど完膚なきまでに消し去っています。圧倒的なパワーだけは、保障済みと言うわけです。」
 かえって器を作ってしまったことが、悪かったかもしれません。
 少し悔やむようにシンが笑い、ミツルはなんとも言えなくなった。扱いやすくなったことで、その手に負えないだけの力の塊は、うまくすれば使える道具になったのだ。

「でもさ、これを手に入れたところで、魔法ってのは誰にだって使えるわけじゃないだろ?」
「これが魔法で動いているかさえはっきりしないんですよ、オクタムさん。」
「…気配でわかれよ。」
 お前も魔法使うだろ、とミツルに突っ込まれて、う、とオクタムが詰まる。わからなかったらしい。
「…お前…、」
 なにか哀れなものを見るような目で、ミツルとシンがそれぞれオクタムを見た。前者は僅かばかりの哀れみ+蔑みで、後者は純粋に哀れんでいるのでなんとなくタチが悪い。
「うるっさいなあ!」
 悔しそうに声を上げながら、どっかりとオクタムが椅子に座る。まだ腕は組んだままで、そのいかにもふてくされた様子にちょっとシンが笑った。それにむっと口を尖らせながら、オクタムが言う。

「私はべつにあんたみたいな魔導師じゃないの!使ってる魔法だって宝玉の力だから厳密には魔法とは種類がちが―――、あ?」
 そこまで言って、なにか引っかかったらしい。同じくミツルも、なんとなくひっかかった。
 宝玉。
 球体の宝石、旅人に扱える、力持つ結晶。魔方陣も理論も無視できる、究極の魔法具。

「「ああああ!!」」

 オクタムとミツルの、大声がぼろぼろの教会に響き渡った。
 ガタンと立ち上がって、ミツルとオクタムが顔を見合わせている。その勢いにびっくりして、シンは眼鏡をちょっと鼻から落っことしそうになったし、しっぽにじゃれついてくる子供たちを必死になんとかしようとしていたリュカも、動きを止めた。
「なんだ?どうした?」

「「宝玉!」」

 リュカの問いに、二人の答えは同時だった。同時でなおかつ声がでかく、ふたりとも興奮している。シンはぽかんと首をかしげて、全ての謎に合点がいったふたりだけ、盛り上がっている。
「つまりどういうことだ?」
 もう一度リュカが声に出して言った。それにオクタムが、興奮した様子で何か言おうとして、うまく言葉にならないらしい、ミツルを見て「まかせた!」と言った。それにちょっとため息をつきながら、冷静さを若干取り戻したミツルが口を開く。
「つまり、それは太陽なんかじゃない。それは宝玉だ。」
 リュカはそれで合点がいったらしく、ほう、と目を丸くして、シンはなおも首を捻った。
「宝玉?」
 旅人に縁がなければ、知ることはない単語だ。説明すると長いのだけれど、なんと言えばいいだろう。
「宝玉ってのはさ、えーと、旅人が、」
 ちょっと面倒くさいなとミツルが考えている間に、オクタムが拙く説明を始めてしまった。ほんとに大人かとミツルがつっこみたくなるような話しぶりではあるけれど、それでもシンは食い入るように聞き入っている。どうやら科学者の、好奇心に火がついたらしい。とにもかくにも彼女の説明ではどうにもなるまい。やっぱり長くなるんだろう。ちょっと先ほどとは違う意味でため息をついて、ミツルは椅子に座りなおした。
 くるりとシンがミツルのほうを向く。眼鏡がなんだか光ったようだ。

「つまり、二人は旅人?」
 どこから話したものだろう。長い話になりそうだ。
「長い話になるが、」
「まったく一向にかまいません。」
 そう言うだろうと思った。ため息をもう一度、ミツルが話し始める。

 そうしてミツルのところどころうまい具合にぼかしたり飛ばしたり、その年齢とは思えない頭の回転で修正の施された、旅人についての長い長い話が終わる頃には、もうすっかり昼も過ぎて、日が傾きかけていた。

「なるほど、お話は分かりました。」

 差し出された、お茶――にしてはずいぶんと薄い、で喉を潤しながら、ミツルは頷く。
「つまりこれは、あなたがたの探している宝玉だったわけだね。なんらかの魔法や意志の具現化した、力の結晶、魔法具だったということか。いやあ女神の意志とか言われてしまうと、科学者としては手を出せないので困るなあ!」
 先ほどからシンはぶつぶつ呟き続けている。

「兄ちゃん考え出すといつもああなんだ…。」
 スキップとカツラが、顔を見合わせて肩を竦める。
 つまり、考えていることが駄々漏れになるタイプらしい。案外"太陽"の情報の出所は本人ではないか、なんて思わず疑ってしまう。本人にその気はなくてもこれでは聞こえる人間には聞こえてしまうだろう。
 同じことを考えたのか、ミツルとリュカは思わず顔を見合わせる。

「と、いうわけなんだよそうなんだ!事情はわかっただろ!?だからお願い!ちょーっだい!!」

 一方のオクタムは、パン!と頭の上で手を合わせて、シンを拝み倒している。ブツブツ呟き続けて思考に耽るシンには一向に見えても聞こえてもいないようで、さっきから「お願いっ!いやお願いします!!っておい!こらあんた!聞いてんのかい!」「ふむ、つまり力の具現化ということはこれは光に属するのか…いやいやしかし地中から出てきたからには…」「おおーい!もしもーし!」…ちょっとおもしろいことになっている。

「実際どうするんだ、ミツル。」
 ちょっと困った顔をして、リュカがミツルを見下ろした。
 最近この獣顔に対して、困っているとか怒っているとか笑っているとか、わかるようになってしまった自分が、ミツルはすこし、ほんのすこしだけこわい。
「どうするもなにも、」
 かすかな不安を振り払うように少し首を振って、ミツルは言葉を発した。早くおさらば、しなくては。頭の隅で、かすかに誰かが言う。その内にこの男の、優しさだとか自分に対する信頼だとか、そういうものに耐えられなくなる。その前に、いなくなってしまおう、ひとりぼっちは楽だから。近づきすぎても、あとでかなしいのはお前。

「あれは今のところシンのものだ。…力ずくで奪う、ってんならあんたは止めるんだろ?ハイランダー。」
 わざと突き放すような口調になった。その台詞に、ますますリュカは困った顔をした。
 そういう顔をさせる、わかっていて言ったはずのことばなのに、どこか背中が重い。

「……止める。」
 しばらく黙って、リュカが言った。
 けれどな、と続けられた言葉の響きが優しくて、ああやっぱり嫌だとミツルは思う。まだオクタムとシンは、かみ合わない会話を続けている。子供たちは飽きて、庭へ遊びに行った。なんとなく静かだ。嫌になるな、もう一度ミツルは胸のなか、呟く。

「お前らに譲れない事情があるのも知っているから。」

 困ったな、とぜんぜん困っていないように笑われて、困るのはこっちだとミツルは思った。こういう時、どうすればいいのだろう。あいつならどうする?なんて言うだろう、あの人なら?目蓋の奥に想像しようとしてみるけれど、どうにもうまくいかなくって、いけない。
 そうだなあ、とリュカはまだのんびりと考えているようだ。黒い尾がパタリと揺れている。
 噫この後の言葉を聞きたくない、と先ほど頭の隅で呟いた誰かが言う。聞きたくない。きっと優しい言葉だから。けれどミツルは、耳も塞がず、ただ、どこか期待するような気持ちで待っていた。馬鹿だな、みつる。
(――ほしがったっていいんだよ、)
 本当に?

「…一緒に頼んでやるさ。」

 リュカが、ニカリと白い牙を剥いて、件の笑い方をした。
 その笑い方はだから子供には怖いって言っただろ、とも頼んでないだろ、ともいえず、ミツルはただ「…そうかよ。」とぶっきらぼうに言っただけだった。それにリュカは、おう、とまた牙を見せて笑った。彼もまた、どれが照れ隠しでどれが呆れているのかわかるくらいには、ミツルのことを把握し始めているのだ。



14.太陽は暗い影を嘆く
20100302