オクタムがだんだんと顔を俯かせ、ついには、「ああもう埒があかないいいいいいうあああああ!!」と頭抱えて叫びだすのにそう時間はかからなかった。
「…きれたな。」
「…よくもったほうだろ。」
少し遠い目をして交わされたミツルとリュカの呟きも、彼女の耳には入らないらしい。彼女はそれはそれは極悪人の顔で、ダン!と机の上に片足を乗せた。行儀が悪い。
なんだか歯ぎしりの音が、チェーンソーのように聞こえてくる。
「もーうこうなったらあああ!」
その次にどんな台詞が来るか、もちろん二人にはわかった。
シンはやっと思考の淵から帰ってきたらしく、目の前のオクタムの様子に目を丸く「オクタムさん、女性が机に足を乗せてはいけません」「うるっさいよ!!」している。
オクタムの足の、金の輪がシャララと涼しい音をたてた。
アラビア風とでもいえばいいのか、そう、彼女の恰好は、ゲームでよく言う"盗賊(シーフ)"か"踊り子"のもの。お試しの洞窟はそのものの本質や特質をよく見抜く。
「力づくで!奪う!!!」
ない胸を張って堂々と宣言された言葉が完遂されるまれもなく、その直後に、ミツルの杖の先端とリュカのゲンコツが、その頭のてっぺんにとどろいた。しかも思いっきり、容赦なく。
鈍い音は三度連続して聞こえた。
一回目、ミツルとリュカのほぼ同時の攻撃音、二度目、そのままの勢いでオクタムが机に額をぶつけた音、最後三度目、床に沈んだ音。
後頭部と頭頂部と額とをかわるがわるに抑えてあまりの痛さに声もなくうずくまっているオクタムの真後ろに、リュカがぬっと立つ。目が心なし、赤く光っている。
こいつは本当に馬鹿なんだろうかとオクタムを見下ろしながら、ミツルはリュカから立ち上る気迫に若干びくびくしていた。夕焼けの加減で顔が陰になっていて、その中で眼だけ光っているものだから、余計怖い。
「オクタム、貴様、今度は本物の豚箱にぶち込まれたいか。」
地を這うような声である。地鳴りすら聞こえてきそうな、気がする。
文句を言おうと顔をあげ、オクタムは「ひっ!」と肩を竦めた。
それはもう、たぶんミツルの背中にいる子供たちが直接見たら、泣きだしてしまうどころか、かくじつに漏らしてしまうレベルの、恐ろしい顔をリュカはしているらしい。
実際もろにそれを見る羽目になったシンが…「闘神…、」と怯えつつ呟く程度には恐ろしいようだ。さっき本気で「力ずくで」と言わなくてよかった、とミツルは内心ほっとしている。
「ごめんなさいは?」
「っち!なんで私が!」
「ご・め・ん・な・さ・い。」
「…ごめんなさい。」
土下座だった。大人が土下座するところを初めて見た。ミツルは内心感心し、それからなるべく、リュカには逆らわないようにしようと思いなおす。
「…で、だ。」
しんとした部屋に、今度は普段通りのリュカの声。なんだか妙に気の抜ける。
「埒が開かないのは本当だ。シン、こいつらはその宝玉を求めてはるばる旅してきたんだよ…なんとかならないか?」
リュカの目はもう光ってはいない。まぁるい形。まぁるい丸い、やさしい、やさしい。
やっぱりミツルはもどかしいような悪態つきたいような気恥ずかしいような気分で、居心地が悪かった。オクタムは目をそれこそ落っこちそうにまん丸くして、床に這いつくばったまま、リュカを見上げている。
シンはおもしろそうに少し笑うと、
「差し上げたいのは山々なんですが…、」
「くれるのか、いっ!!?」
ガターンとオクタムは立ち上がろうとして、机で頭を打った。そのまま再び、床と仲良しな状態に戻る。
「馬鹿だ…」
うう、と言う呻きがそれに答え、呆れたリュカが首根っこを掴んで立ち上がらせる。
「いたた…で、く!くれるの!」
「ですから差し上げたいのは山々なんですが、」
「なに!」
シンが両手を広げて見せた。お手上げ、のポーズ。
「私のものではないのです。」
その言葉に三人の目がそれぞれ点になる。
「どういうことだい!?」
「言ったでしょう?採掘場で発掘されたと。ですからこの"太陽"――宝玉は、採掘場の持ち主のものです。彼に依頼されて、私は箱を造りました。」
つまるところ、その持ち主の許可なしにはどうにもできないということらしい。
「じゃ!じゃあその持ち主ってのは!?」
なおもオクタムが言い募る。それにシンが、にっこりと笑ってひとこと。
「王です。」
一瞬思考が、フリーズした。場所は下町のボロボロを通り越してボロボロおんぼろボロくらいの元孤児院だという教会。天才らしいがどうにも貧乏くさい、冴えない風貌の男。その口から、
「………王?」
「はい。」
かろうじて問い返したオクタムの言葉に、シンが頷く。
「宝玉が発掘されたのは、ササヤ王国直轄領、シデンです。そのエネルギーの解明と、魔科学の分野での応用は可能かどうか調査するのが私の受けた依頼です。」
「…力ずくで、奪ったら?」
「国の所有物かつ機密ですから…ただでは済まないですねぇ。危険物ですし、指名手配とか…捕まったら首が飛ぶかもしれないですねー。」
「デスヨネー。」
のほほんとしたシンの笑う声。それに合わせるオクタムの乾いた笑い声が、なんとも言えず、むなしかった。
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