シンののほほんとした笑顔だけ、西日に照らされて眩しい。
「流石に…流石にこれ合わせないであと二つ宝玉探すのに国際指名手配は…つらい…!」
 がっくりとオクタムは項垂れていた。
 それを見ながら、なんだかんだでこいつは悪人ではないのかもしれないと、ミツルは考えていた。考えているのは自分のことばかりかもしれないが、そもそもそんな犯罪を犯す度胸はないのかもしれない。あっても食い逃げ、その程度だ。
 かつての彼ならば、手段は選ばなかったろう。
 山を焼き、海をひっくり返し、町を壊し、あらゆるものから追われた。それでも彼はそんなこと一つだって気にしたりなんてしなかったのだ。関係ない。すべて関係ない。ここは旅人の願いを叶える、そのためだけの世界。なにをしても、構わない、世界。そう思っていた。旅人である自分の願いのために、お膳立てされた、彼のための贄。
 そんな都合のいい話が、あるはずがないのに。

「なんだって目の前に宝玉があるのに指加えてあきらめなきゃなんないのさあああ!」
「盗みはいかんぞ。盗みは。」
「クソハイランダアアアア!!!!」

 それにしてもうるさい。相変わらず彼らは、ことごとく彼の思考の邪魔をする。
 暗いほうへ転がりそうになっていた意識を止めて、ふうと溜息を吐くと、「大変ですね、」とシンがのどかに笑った。
「あんた楽しんでないか。」
「いいえ!ただこの家がこんなに賑やかなのは久しぶりで。」
「…。」

 ジトリと横目でにらむとはははと笑ってかわされる。まったく食えない男だ。少し眼鏡を押し上げながら、シンが人懐こそうな顔でミツルを覗き込んだ。髪がぼさぼさだし汚い格好をしているが、それなりに整った顔をしているのだといまさらながらにミツルは気づく。

「でも不思議なものですね。こうして宝玉のもとに、旅人が二人も集まるなんて。」
 その言葉に、ミツルはことりと首を傾げる。
「…宝玉と旅人ってのは必ず引き合うようにできてるはずだ…その旅人が旅を続ける意志を放棄しない限り。」
「ふむ。…ではこの宝玉もミツルくんや、オクタムさんを呼んだというわけですか?」

 俺は呼ばれたか知らないが、という言葉は飲み込む。
 少なくともオクタムと、この太陽に似た――名前は、本質は未だ明らかではない、宝玉は引き合ったはずだ。そうでなければ偶然、偶然盗まれた宝玉の入った袋を、オクタムがかっぱらうなんてことが起こるはずがない。
 なんて幸運。なんてついてるんだ!
 ついてる?
 それは誰が?だれの幸運?誰のため、そしてなんのための?

 少し考えてみるだけでかすかにぞっとする――すべては予定調和のうち。誰の?…誰の。
 馬鹿なミツル。そうだ、よく考えてみろ、旅人である自分の願いのために、お膳立てされた、彼のための贄の世界。そんなもの、あるはずがない。願いを叶える代償はなんだ?旅人の願いを叶えることによって、女神が、この世界が受ける、恩恵とはなんだ?

 再び思考し始めたミツルの隣で、シンも再びなにか考えだしたようだ。相変わらず、考えていることが駄々漏れなので、おかげでちっとも、ミツルは考え事に集中できない。
「しかし、では、宝玉はやはり旅人のもの?困りましたね、いやでもこれはめったないチャンス…ううん…ぶつぶつ。」

「なんだい、またなんか考えてるのかい?」
 呆れて声をかけたオクタムに、「ええ」とシンが生返事を返す。
「これが宝玉だとわかったのはいいのですが、そうなると所有権は…いや、それ以前にやはりこれが宝玉でも"なんの""どんな"ものなのかがわからないからにはすっきりしませんし…太陽?…いや、しかしこれは地中から…、」
「あんたも好きだねー。」
「天職だと思ってますから…ううーん、一度解放してみますか…いやいやこの場所では…しかし…。」
 その様子を眺めて、子供たちがポカンと口を開いていた。

「どうした?」
 リュカが尋ねると、口をポカンとさせたまま、二人が彼を見上げる。
「あの状態の兄ちゃんと会話が通じてる人初めて見た…。」
 こくこくとそのスキップの言葉にカツラも頷く。
 シンが聞いているのかいないのか限りなくあいまいではあるが、確かに二人は、なんとなく会話を続けている。
「じゃあさ!王様に言っとくれよ!宝玉は旅人のもんだーって!」
「果たして本当にそうなんでしょうか?証明…宝玉が旅人のものであるという証明?しかしあなたがたはまだこれを手に入れてはいない。それでなお所有を主張することができるか否か。正直私は誰のものとかどうでもいいんですが気になる…これが一体何なのか…私は知りたい、あらゆることを。」
「探究心旺盛だねえ。」
「ありがとうございます。」

 すげえすげえと唖然と繰り返す子供たちの隣で、若干置いてけぼりなハイランダーと魔導士は、顔を見合わせた。この調子ではやはり埒があかない。しかしどうにも、しようがない。
 どうしたのものか。

 ふいにリュカの獣の耳が、ピクリと動いた。その目つきが鋭くなる。
「どうした?」
 敏感にそれを感じ取って、ミツルが声をかける。
「…しずかに。」
 鋭い視線のまま、リュカが窓際にそっと寄る。沈黙。オクタムとシンの会話も止んだ。ほとんど意味のないカーテンの隙間から、外を窺うリュカのしっぽの毛が、逆立っている。戦うときはいつもそうだ。ミツルはフードをかぶると、杖をしっかりと持ち直した。
「…囲まれたな。シンと子供たちは、隠れたほうがいいだろう。」
「やつらかい?」
「姿は見えないが…昼間の連中とみて間違いないのではないか?」
「狙いは?」
「聞くまでもないだろ。」
 オクタムにミツルが顎で示して見せる。太陽。シンの手のひらの中で、箱にしまわれたそれは、沈黙を続けている。




16.鳥は歌う
20100810