さすがに三人の息は、もはやぴったりだった。

 せーので裏口を蹴破って、オクタム、リュカ、、ミツルの順に飛び出すのと、昼間のガラの悪い連中が人数を増して壊れた垣根を乗り越えて、柄の悪い大男たちが踏み込んでくるのとはほとんど同時だった。
 最初にリュカが体ごと塊になって突進してきた男たちを引き倒すと、その背中から跳んでオクタムが三日月刀を繰り出す。その刀身は雷を纏っている。
「来たれ、」
 ミツルのその声に、二人がさっと横へ跳び退る。
「ルミクニンガタル! !」
 氷の刃と閃光とが、ごう、と唸りを上げて通った。すでに5人ほどの敵が、気絶し、動けなくなっている。詠唱が終わるやいなやミツルは迫ってきた――街で見かけた片目が刀傷で潰れているクマのような大男だ―――を杖で殴り飛ばし、その間にリュカが割って入る。がっちりと組み合った二人は動かない。
「ここは任せろ!」
 頼もしい声だ。
 リュカを置いて、ミツルは新しい詠唱に入った。オクタムはというと、もうさっさと2人ほど片づけて、逆の方向から現れた男たちに向かって行っている。ほとんどは町のゴロツキ、といったレベルの連中だ。着実に人数を、彼女も稼いでいるようだ。
 しかし三人の強さもさるほどながら、敵の数も多い。
 一体どれだけの大人数で来たのか、このおんぼろ教会を取り囲むくらいには、頭数が揃っている。
 いつかの洞窟での盗賊退治を思い出す。なにかと大人数に囲まれての戦闘が、多い気がする。
 詠唱の邪魔になる相手を杖で牽制しながら、ミツルは魔法陣を空中に結んだ。大気が氷と雷とを含んでパチパチと音を立てる。

 一方移動して、教会の裏口を固めていたオクタムだったが、きゃあと子供の悲鳴に振りかえると、正面の入口から入ってきたらしい、非アンカ族の男がカツラの腕を掴んだところだった。
 そのマゼンタの目が引き絞られる。
「カツラ!!」
「へへっ、ガキの命が押しけれ―――ばっ!?」
 シンの出した大声も、かき消すような速さだった。紫の風。男が子供のやわらかい首筋に刃物をあてがうよりもはやく、オクタムの拳が、その細腕からは想像もつかないような威力で大きな男を吹き飛ばす。
 突くように殴られた腕―――カツラを掴んだ腕だ、はありえない方向にねじ曲がっている。

「子供に手ェ出すんじゃないよこのブタ男!!」

 確かにオクタムの言葉の通り、現世の人間ならだれでも、この非アンカ族の男をそう表すだろう。太っている、という意味ではなく、その顔はまさに豚なのだ。
 その口がよだれをまきちらしながら何か暴言を吐く前に、再びオクタムの姿が掻き消えた。
 次の瞬間には、廊下にブタ男が、伸びていて、その上に彼女が颯爽と立っている。

 しかしいつの間にやら部屋の中にも敵と味方が入り混じり、このおんぼろ教会、壊れるんじゃないだろうかという騒ぎである。しっかりミツルの背中に子供たちは避難して、そのミツルの前にリュカが壁のように立ち塞がっている。あれはなかなか抜けるものではない。そう判断したオクタムは、新たに廊下に現れた男たちを、一気に魔法で薙ぎ払った。
 シンは先ほどから、ミツルの背中に逃げるのが遅れて、ひょこひょこと片足で逃げ回っている。
「あんたも早くこっちこい!!」
「行けたら苦労しません〜!」
 こんなときでも緊張感のない、笑い方だ。

「ちょっとあんた!!!」

 突然オクタムが突然大音量で叫ぶと、シンを振り返った。
 シンはきょとりと、首を傾げる。まったく戦闘中にのんきなものだ。折れた脚でひょこひょこ逃げながら、である。ミツルは思わず呆れた。
「あんた言ったね!?これがなんだか知っていることが、これが私のもんだっつう証明になる!って!!」

 ―――これがなんだか知っていれば、これが私たちのものだという証明にはなりませんか?

 たしかに言った。シンが頷き、転びかけて慌てて体制を立て直す。
 この戦闘中に何を言い出すのか。
 しかしオクタムは真剣だ。

「私に"箱"を渡しな!!」

「はああ!?」
「だから!あんたに教えてやるって言ってんだ!」
 紫のローブが、翻る。彼女の回し蹴りが、見事に敵の顔面に命中し、相手が吹っ飛ぶ。そのままの勢いで、後ろへ軽やかに空中で回転しながら跳ぶと、彼女はもう一度、シンを振り返る。
「知りたいんだろ!?それがなんなのか!」
「おいオクタム!」

 ミツルの大声にもひるまず、オクタムは胸を張って立っている。
 シンはそれをじっとしばらく真剣な目で眺めていたが、やがて口の端を持ち上げて少し笑った。

「…私は知りたい、」
 リュカのトンファーが、敵を一人、二人となぎ倒す。
「すべてのことを!」
 魔法を唱えて杖で同じように敵を薙ぎ払いながら、ミツルにはシンの瞳が少年のように輝いたのが見えた。

「お願いします!!」

 ポオン、と箱が放られる。
 それに今までシンを追いかけていた男も、そこらで戦っていた男たちも、みな箱めがけて駈け出した。オクタムは紫のマントを翻してシンににっかと笑った。そして跳ぶ。ネ族の大男を踏み台に、軽いからだでポンポンと敵の頭を踏みつけながら誰より高く。
 その手が中空で、箱を掴んだ。そのまま天井に手をつくと、反動でもつれ合った男たちの向こうへ大きく跳ぶ。着地。そのまま床へ着くなり裏口から外へ駈け出したオクタムを、あわてて男たちも追った。
「おいオクタム!」
 追おうとしたミツルたちに「来るんじゃないよ!」とオクタムが笑う。

 ―――ニヤリ。
  ちょっと悪戯っぽい笑い方だった。
 おいおいまさかあいつ。リュカの声。
 そのまさかだ。
 裏口から出ようとした体を、全員が慌てて止めて転ぶ。ドミノ倒しの要領でもつれる。団子になる。
 庭のど真ん中で、カバ男の顎を蹴り上げてまた宙へオクタムは跳びあがると、箱が裏返される、太陽が、こぼれる。

「んの馬鹿!!」
 ドウ、と押し込められていた何かが弾ける。光りが弾けた。太陽。

「答えろ!お前は誰だい!!」

 笑っている。
何も見えない真っ白な光のなか、旅人の声が、高らかな喇叭のように轟くだけ。何も見えない。視界が白く、焼き切れて、光で満ちる。


17.星の始まり
20100810