光の中で声だけ聞こえた。
下からリュカ、ミツル、スキップ、カツラ、シン、の順に転んで積み上がってしまった面々からは、庭の様子はただ目を焼くほどに明るくしか見えない。
三人消し飛ばした太陽。
しかしその力が解放されてなお、オクタムの声は聞こえている。
一瞬その声に応えるように、光が増した。
「…喋ってる、」
ミツルが思わず呟いた言葉に、それぞれが反応する。
「なんと言っているんです?」
「遠くてよく聞こえない…いや、待て。…『永きに渡る地中での眠りは我の力を不必要に高め蓄えた―――れ…我は、力と――を司る精霊。』」
そこまでミツルが聞き取ったとき、光の中に確かに男の輪郭が浮かんだ。
燃えるような灼熱の炎の色をした髪、たくましい身体。全身から光を発して、宙に浮いている。
その目がふいに、振りかえった。
きんいろだ―――。
誰もが思わず、息をのんだ。目の奥で星が燃えている。黄金の炎を上げて。男の背には、鷲に似た翼が、力強く生じている。
『汝は子等のために怒った。』
天空から、あるいは地の底から、轟くような深い声だった。
『汝を我の持ち主と認めよう―――汝が常に正しき道を歩むことを望む。我が力は決して、あやまちのために発揮されることはない。』
光が収縮する。
だんだんと庭の緑が視界にかえってきた。なにやらオクタムが文句らしいことをわめいているが、聞こえないように答えることなく、精霊は小さく収縮し、やがて光の玉になってしまった。蛍のようだ。すうっとそれは宙を滑ると、オクタムの手の中に収まる。
「すっげー!!」
ぴょこんとシンの下から跳ね出して、スキップが駈けて行った。
危ないぞ、とカツラもそれを追いかけたのを止めようとして、止める。
庭には男たちが、当分起きそうにない、みな一様に目をまわして気絶している。なんだかすごい光景だ。オクタムはまだ手のひらのなかの宝玉になにやらわめいているし、その周りをスキップとカツラがうれしそうに飛び跳ねている。
「悪いがどいてくれないか?」
「あ、」
「これはどうもすみません。」
リュカのうめき声に、ミツルとシンも立ち上がる。なんだか妙に、空が青い。夕暮れはすっかり収まって、あの夜と黄昏の間独特の、あの真っ青な空気。星がひとつ、空の真ん中あたりに輝いた。光の帯が、ふた筋。エンドロールでも、流れだしそうなくらいの真っ青だ。
「やれやれ。」
子供たちに見せて見せてと囲まれて騒いでいるオクタムを見ながら、シンがまったく「やれやれ」と聞こえない調子でのんびりと笑った。
「太陽はなくなってしまったんですね。」
「…ああ。」
隣に立ったまま、ミツルは頷いた。リュカはまだ転んだときに下敷きなったのが効いているのか、先ほどから腰を曲げたり伸ばしたり、している。
「まあ仕方がありません。もうそれはもとの状態には戻らないのでしょう?」
「たぶんな…あんた、大丈夫なのか?」
「んー、どうでしょう。しかしまあ、あなたがたが持ち主だという証明がなされたわけですから仕方がありません。なにせ"太陽"自身にオクタムさんが所有者だと宣言されてしまいましたから。でも、まあ、ああー!すっきりした!」
ムンと伸びをして、シンが笑う。やっぱり情けないような、力の抜ける笑い方。
「持ち主については解決ですね!あとは精霊がなんなのか宝玉がなんなのか、という謎を残すばかりですが、これは一生の研究になりそうだなあ。」
研究費がかさみそうです、とやはり気にしないようにシンが言う。
「王に依頼されるくらいだ…それだけの才能ならどこかの研究所にでも入れるだろ?」
ミツルのその言葉にシンはうんうんと頷いた。
「そうなんですよー。この子たちのほかにも子供は大勢いますからね…一番の年長者として、院長なき今、私が稼がなくては!」
燃えている。
王様からいくらふんだくったんだろうか。しかしその割に貧乏そうだな、と、ミツルはおんぼろぼろな部教会を振り返りながら、呆れたように考えていた。
「お金も時間も気にせず研究だけできる最新の技術と設備の整った研究所と、優秀な部下と、古今東西あらゆる文献の取り寄せられるシステムと、それからふかふかベッドつきの家と生活において入用なもの全部自由に購入できるだけの金と子供たちの暮らす家が必要なんですよね…教育費とか食費とかその他諸々の雑費も馬鹿になりませんし…おーい!その家にはなにがいるんだっけ?」
尋ねられて二人の子供が、オクタムから離れて駆け寄ってくると元気に声を上げる。
「ふかふかべっど!ふかふかまくら!ふかふかおふとん!」
「でっけーたまごやき!でっけーホットケーキ!でっけーオムライス!」
「あさがおー!ひまわりー!」
「広い庭ー!!」
それにリュカが、片目を覆う。
「おいおい…。」
「ふむ、確かに必要だね。はと時計はいらないのかい?」
「いるー!」
きゃっきゃとシンと子供たちがまだほしいものを羅列し続ける。
そもそも子供がなんにんいるのだろう。それが一番の問題だ。若干意識が跳びかけたミツルたちを振り返って、シンが笑った。
「うん。まあざっとこれくらい積まれれば研究してあげてもかまいません。」
にっこり笑ったシンは、やはり規格外の人間なのだろう。
「…あんた…、」
「私は欲張りなのでね。この条件は譲れないなあ。」
欲張りと言うよりはこの男、自分の頭脳の価値を知っているのだ。
「…そんな雇用先あるのか?」
「ええ!」
願望はよせ堅実に働け見ろ孤児院はぼろぼろじゃないか。
ミツルは思わず突っ込みかけたが、やめた。
ちょっと呆れて言ったのに、思い切り頷かれてしまったのだもの。あんまりその笑顔がのんびりしていて明るいから、仕方がない。今度はミツルがやれやれと肩をすくめた、そのときだ。
「おや、」
とシンが顔を上げた。
空はすっかり藍色で、星がいくつも、顔を出していた。
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